続 梓の非日常/終章・船上のメリークリスマス
(三)大追跡  その時、前方から見知った大型バイクが近づいてきた。  乗員はフルフェイスのヘルメットを被っているので誰かは区別がつかないが、バイク は明らかに慎二のものだった。  こちらはファントムVI、相手が気づかないはずがなく、交差点でUターンして追い かけてきた。  側面に付けると、窓ガラスをトントンと叩いて、窓を開けるようにうながしている。 「白井さん、窓を開けてください」  窓が開く。  相手が大声で語りかける。 「梓ちゃん、そんなに急いでどこへ行くんだ?」  やはり慎二だった。 「絵利香が誘拐されたのよ」  風の音に負けないように、梓も大声を張り上げる」 「誘拐?」 「そうよ。今、追いかけているところよ」 「判った!」  すぐに事態を理解したらしく、慎二はファントムVIの後方に付いて追従してきた。  一進一退が続いていたが、どうあがいても追いつけない情勢となっていた。 「石井さん。相手に飛行機に乗られて逃走されても、その軌跡を追跡できるわよね」 「もちろんです」 「なら、そうしてください。もちろん民間や米軍・航空自衛隊の管制センターではなく、 真条寺家独自の管制センターでよ」 「判りました」  梓が言っているのは、若葉台研究所の地下に極秘裏に存在する衛星管理追跡センター のことである。  すでに臨戦態勢であるのはとっくのことであるが、梓にはまだ知らされていない。 「このまま飛行機で逃げられるのもしゃくね。石井さん、止めてくれるかしら」 「わかりました」  そして、窓を開けて後続の慎二に合図を送った。  気がついてそばに寄ってくる慎二。 「何か用か?」 「このままでは追いつけない。そっちのバイクに乗って追いかける」 「二人乗りでかい? しかもそのドレス」 「大丈夫よ、ミニドレスだから」  梓の着込んでいるパーティードレスは、丈の短い膝上スカートである。ドレスのまま バイクに跨ることも可能であろう。  もっともドレスを着込んだ二輪ライダーというのも、道行く人々を驚かせるには十分 であろう。 「しかし、この寒空だぞ」 「大丈夫。これくらいの寒さで凍えていたら、ミニの制服着れないわよ」 「そ、そうかあ?」  確かに、ただ歩くだけならミニでもいけるだろうが、自動二輪に跨って正面からの冷 たい風をまともに受ければ凍傷にだってなるかもしれない。 「いいから、追いかけなさい。寒さは根性で耐えるから」 「わ、わかった」  二台の車が停車し、梓は自動二輪の後部座席に跨った。 「石井さん。済みませんけど、後から追いかけてきてください」 「かしこまりました」  後部座席の脇に取り付けられている予備のヘルメットを梓に渡す慎二。  受け取って頭に被る梓。 「しっかりつかまっていろよ」 「あいよ」  重低音を響かせて発進する自動二輪。  石井を残して、タンデムで先行する暴漢者の車を追いかける。  自動二輪の機動性と速度は、石井がいかにレースドライバーでも、ファントムVIで はとうてい出せないものだった。  メーター振り切れば、ゆうに時速二百キロは出る。  自動車で渋滞した道路でも、脇の隙間を縫うように走って、交通渋滞も皆無である。 もちろんそれなりの運転テクニックが必要だが。  梓は、すさまじい風圧に耐えていた。  ドレスの裾は、風にあおられてひらひらと捲くり上がり、ショーツが丸見えとなって いる。  道行く男達は一様に驚き、鼻の下を伸ばしている。  しかし、悠長なことは言っていられない。  絵利香が大変なことになっているやも知れないのである。  やがて暴漢者達の乗った自動車が目前に現れた。  ついに追いついたのである。 「あの車よ。脇に着けて」 「判った」  さらに加速して、暴漢者達の車にバイクを横付けする慎二。  その車の中に捉えられた絵利香の姿があった。 「絵利香!」  絵利香もこちらに気づいて、窓に両手を当てるようにして助けを求めていた。 「梓ちゃん!」  見つめあう梓と絵利香。 「待ってて、今助けるから」  その声が届いたかどうかは判らぬが絵利香の表情に赤みがさしていた。
     
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