続 梓の非日常/終章・船上のメリークリスマス
(二)誘拐?  絵利香が誘拐された?  成すすべがなかった。  絵利香を連れ去った車が遠く離れて見えなくなると、居残った暴漢者達は身繕いを整え ると、乗ってきた車に乗って立ち去っていった。  自由になった梓は、早速携帯で麗華に連絡を取った。 「ああ、麗華さん。今から、衛星を使って追跡してもらいたいものがあるんだけど」 『追跡ですか?』 「実は、絵利香ちゃんが誘拐されたのよ」 『絵利香さまが誘拐された!?』 「そうなのよ。それで、絵利香ちゃんの持っている携帯からの電波を受信して追跡しても らいたいのよ。できるでしょ?」 『ええ、まあ……。できないことはありませんけど……』 「それじゃあ、お願いします」 『判りました。しばらくお待ちください』  ここは若葉台にある衛星管理追跡センター。  北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)と見まがうばかりの設備機器及び人員が揃っ ている。  その任務は、地球軌道上に浮かぶ人工衛星の管理運営である。  これまでにも登場した【大容量高速通信衛星(AZUSA-1・2・3】【資源探査気象衛星(AZUSA -4・5・6・7)】などがある。 「軌道修正完了。発射位置に着きました」 「レーザー冷却装置作動中。BEC回路に異常ありません」 「燃料ペレット注入」 「AZUSA-9号M 機、発射体勢に入りました」  AZUSA-9号は、原子レーザーを搭載した実験衛星である。末尾に(M)と付いているのは 13機目ということで、実験衛星がゆえに世代交代が著しい。  若葉台研究所が開発した原子レーザーの宇宙空間における実用に向けての実験が繰り返 されている。  その他、【多目的観測実験衛星(AZUSA-8・9・10)】という天体観測や宇宙実験を行う人工 衛星もある。原子レーザー搭載の核兵器転用可能な実験衛星も含まれている。 「司令、麗華様より連絡。お近くのヴィジフォンに出て下さい」 「判った」  司令と呼ばれた人物は、すぐそばにあった端末を取って応えた。 「キャサリン・レナートです」  神妙な表情で連絡を受けているキャサリン。  通話を終えると副司令に向かって、 「彩香。急用ができた。後を引き継いでくれ」  指示を与えた。  彩香と呼ばれた副司令が応える。 「かしこまりました」  指揮を交代すると、別のオペレーターに指示を出すキャサリン。 「AZUSA-10号と連絡を取ってくれ」 「はい」  AZUSA-10号とは、情報収集宇宙ステーションのことである。常時十人のスタッフが滞在 して、地球上のあらゆる情報を収集している。  飛び交う電波通信を傍受したり、海上の船舶や航行機などの追跡を行っている。  サンダーバード5号という異名で呼ばれることも多い。イギリスの特撮人形アニメに登 場するメカであるが、詳しくはネット検索して欲しい。 「これから伝える電話番号を持つ携帯電話から発信される電磁波をキャッチして、その移 動を追跡してくれ。番号は、090-○○○○-××××だ」  連絡を終えると、そばにいたオペレーターが尋ねた。 「何事ですか?」 「梓お嬢さまのご親友の絵利香さまが誘拐されたらしい」 「誘拐!」 「真条寺家の総力をあげて、絵利香さまをお救いするようにとの厳命だ」  軌道上に浮かぶ宇宙ステーション。  AZUSA10号の船内オペレーションルーム。  狭いながらも効率的に配置された機器・端末に向かって忙しそうに働いている。 「どうだ、確認できたか?」  というのは、チーフオペレーターである。 「はい。絵利香様の携帯電話番号の発振周波数が特定できました」 「よし、早速探知開始せよ」 「了解。発振電波を探知して位置を特定します。三分お待ちください」 「遅い、一分でやれ!」  衛星管理センターからの厳命があった。  一刻一秒でも早く、絵利香を探し出せと。 「特定できました! 現在川越市から桶川市へと移動中です」 「よし。それを衛星管理センターへリアルタイムで伝送しろ!」 「了解。衛星管理センターへ、リアルタイムで伝送します」  富士見川越バイパスの側道に停車しているファントムVIに搭載している端末に、絵利 香の位置情報が転送されて表示されていた。 「お嬢さま、データが転送されてきました。そちらのモニターにも絵利香さまの位置情報 を表示します」  後部座席にもモニターがあった。  それにリアルタイムの絵利香の位置情報が赤い点滅で示されていた。  点滅は北へと向かっていた。 「おかしいわね。なぜ、北に向かうのかしら」 「この方角ですと桶川市に向かっているようです。その先には……桶川飛行場がありま す」 「それだわ! 陸上だと道路封鎖をされるから、飛行機を使って逃げるつもりね。急いで 追いかけましょう。石井さん、お願いします」 「かしこまりました。シートベルトをしてください。飛ばします」  その走りは、とても石井とは思えないほどのものだった。  道行く車を片っ端から追い抜き、まるでカーチェイスでもやっているかのごとくのもの だった。  それもそのはず、石井はかつてレースドライバーだったのだった。
     
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