続 梓の非日常/第五章・別荘にて
(八)怪談話その2  自分の前のローソクを吹き消す梓。  一瞬暗がりが広がったように感じた。 「どこかで聞いたような……」 「ありそうな話ではあるわね」 「うんじゃ、今度はわたしね」  と名乗り出たのは相川愛子であった。  昔々、若者が山道を歩いていると、道端でじいさんがうずくまっているのに出会った。 「どうしたんですか?」  心配になって声を掛けると、 「持病の癪が出て、難儀しております」 「それはお困りですね。お家はどちらですか? お送りいたしましょう」  というと若者は、じいさんを背負って家まで届けることにした。 「これはご親切に、ありがとうございます」 「お一人でお住まいなんですか?」 「息子がおったんじゃが……」 「息子さんがおられたんですか?」 「そうじゃ。でもね……」 「でも……?」  若者が聞き返した途端だった。  突然、じいさんの身体が重くなってきた。  それはそれは、あまりの重さに若者は歩けなくなり、その場に片膝ついてしまった。 「でもね。ある人に騙されて、知らずに息子を食ってしまったんだよ」 「食べた?」 「知らなかったとはいえ、これがまた、飛び切りにおいしくてね」 「まさか……」 「人の肉のおいしさを知ったんじゃ。以来こうして旅人を襲っては食らっておる」 「た、助けて!」  じいさんは、若者の首を噛み切って殺してしまった。そして小屋に持ち帰って人間鍋に してたべてしまっとさ。 「おしまい」  というと愛子は自分のローソクを吹き消した。 「梓ちゃんの話の亜流だね。まあ、良しとしましょう」  ほんの少し昔。  この別荘ができる前のお話です。  小さな墓地がありました。  この近所の人々の噂では、旅の途中で行き倒れてしまった人々を葬って、祠を建てて供 養したと言われています。  中には、人食い爺や人食い婆の犠牲になった人も混じっていたとも言われています。  その場所は、眺めのよい景勝地で、軽井沢の街並みが一望の元に見渡せる好位置にあり ました。  これに目を付けた不動産会社が、土地の所有者に別荘開発を持ちかけました。  当時の所有者である真条寺家は、これは良いとばかりに別荘建設に応じました。  さっそく不動産会社から派遣された一級建築士が現地調査と測量を行いました。  祠の存在にも気づいていましたが、邪魔だからと無断で潰してしまったのです。  墓地も祠のあった場所もきれいに整地され、やがて別荘建設がはじまりました。  ところが建設現場では奇妙な事件や事故が相継いで起こったのです。  一級建築士が現場監督として赴任していましたが、原因不明の高熱に襲われ三日三晩苦 しんだ挙句に死んでしまいました。  二階に上げていた建築資材が、いきなり落下して、真下にいた大工が大怪我を負ったり、 広範囲に土地が陥没して下から数多くの人骨が出てきたりした。  祠を潰した祟りだ!  という声が上がって、大工達は祠を再建して、改めて供養をすることにした。  すると、その日から異変が起こらなくなり、別荘は無事に出来上がったという。 「というような、お話があります」 「なんだよ、麗華さん。いつの間に参加していたんだよ」 「いえね。自分が聞いた話が丁度いいんじゃないかと思いましてね」 「話が終わったんなら、ローソクを消したら?」  麗華は不気味に微笑みながらも、ローソクを吹き消そうとはしなかった。 「いえ。実はこの話は後日談がありましてね……。祟りはまだ続いていたのですよ」 「嘘でしょ?」 「嘘ではありません」
     
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