続 梓の非日常/第五章・別荘にて
(七)怪談話その1  むかしむかし、年老いたじいさんと親孝行の息子が、深い森にキノコ採りにやってきた とな。  じいさんはキノコ採りの名人だったがのお、もういい加減に年だて、山登りもつろうな ってのお、そろそろ引退じゃとキノコの生えている場所を、息子に伝授しようと考えたの じゃ。  二人は連れ立って深い森に分け入って、キノコ採りに夢中になっておった。 「これがマイタケじゃ。毎年この場所に生えるから覚えておくんじゃぞ」 「わかった」 「ほれ、次はホンシメジじゃ。ただのシメジとは違うぞよ。味も香りもマツタケ以上じ ゃ」 「へえ、そうなんだ」 「ほれ、そのマツタケはここに生えている。赤松の根っこに輪を描くように生えるんじゃ よ。しかも、年を経るごとに輪は少しずつ広がっていくから、去年あった場所に生えてい るとは限らんからの」  という具合に、秘密の場所を次々と教えていたんじゃ。  たくさん採って籠いっぱいになった。 「そろそろ、これくらいで、いいんじゃない?」 「そうじゃのお。いっぺんに教えても、場所を忘れてしまうじゃろうからな」 「そんなことはないと思うけど」  二人は帰り支度をはじめたんじゃが、 「はて……」 「どうした、じいさん」 「帰り道がわからん」 「ええ!」  じいさんは、息子に教えることばかり考えていて、帰り道のことを忘れておった。 「来た道を逆にたどれば帰れるんじゃない?」 「それがのお……。どこをどう通ってきたか、とんと覚えておらん」 「じいさん。もうろくする年じゃないだろ」  息子も息子で、キノコ採りに集中していたから、帰り道を覚えておこうということはし なかったのじゃ。  深い森の中、あてどもなくさ迷い歩く二人じゃった。  やがて日が沈んで、深い森に夜の帳が舞い降りてくる。  歩きつかれて、ほとほと困っていると、 「じいさん、山小屋がみえるよ」 「山小屋? そげなこつなか。こんなやまん中に山小屋なんか」 「だって、ほら。あそこ!」  息子が指差す方向に、確かに古びた山小屋があった。誰か住んでいるのか、開いた窓か ら煙が出ておった。 「今夜一晩泊めてもらおうよ」 「そうじゃなあ……。仏様の導きかのお」  二人は山小屋に急いだと。 「ごめんください」  と、声をかけると、 「どなたかいの。こんな夜分に」  中から老婆が出てきた。 「実は道に迷ってしまって、今夜一晩泊めてくれませんか」  と、正直にお願いをしたのじゃ。 「それは、それは、お気の毒に。どうぞお入りになってけれ」 「ありがとうございます」 「大した料理は出せねえが、夕食でもどうかね」 「ああ、それでしたら。丁度、ここにキノコがあります」  といって森で採ったキノコを差し出した。 「ほう。これはマイタケでねえか。ホンスメジもあるでよ」  一夜の宿にたどり着き、キノコ鍋をたらふく食べた二人は、疲れもあって急に眠気が襲 ってきた。 「今夜はゆっくりおやすみなせえ」  ぐっすり眠ったかと思った朝。  じいさんが目を覚ますと、隣にねていたはずの息子がおらんじゃった。 「息子がおらんとよ、知らねえかね」  と婆さんにたずねると、 「なんやら朝早く出て行ったげなよ」 「なしてな?」 「知らんこつよ」  と言いながらも湯気の立つ鍋から汁をよそおって差し出した。 「朝飯じゃけん、はよ食べな」  汁椀からはおいしそうな香りが立ち上っていた。 「おお、肉がはいっとるわな」 「今朝早く、なじみの猟師が猪を撃ったからつうて置いてったげな。で、猪鍋にしたんさ。 ほれ、うまいぞよ」  じいさんは目の前に差し出された汁椀を一口すすると、 「う、うめえ! こんなうまい汁は食ったことがねえだ」  感激しておかわりまでしてしもうたと。 「そうかい、そうかい」  ばあさんの口元がにやりとゆがんだように見えたげな。 「ほれ、わし一人じゃたべきれんじゃて。わけたるから持って帰れや」  といって、猪の肉を葛篭に入れて渡してくれたとよ。  じいさんはお礼を言って、その葛篭を背負って家に帰ったと。  して、家でその葛篭を開けて腰を抜かしたとよ。  猪肉かと思ったのは、切断された人間の足や指が入っていたんだがね。  それはまさしく自分の息子の変わり果てた姿じゃった。  知らなかったとはいえ、息子の肉をおいしいと口の中に入れた。  じいさんは良心の呵責に気が狂ってしまったと。  以来、森にさ迷いこんだ旅人を山小屋に誘い込んでは食べてしまうという、人食い爺に なってしもたとよ。
     
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