真奈美の場合/女体改造産婦人科病院III番外編

                (五)検査


 その翌日から、ママは毎日見舞いに来てくれた。
「ほら、真菜美の大好きだった森田屋のチーズクリームケーキよ」
 それはとてもおいしかった。
 以前の感覚がまだどこかに残っているのだろう。精神的な記憶はなくても、味覚や触覚のような身体的な感覚は生きているらしかった。
 ママは過去のことには一切触れないようにしていたようだ。
 先生から聞いたころによると、記憶にないことを話しても無意味だということだった。アルバムなどをを見せたりして「昔はこうだったのよ」と、過去の事を教えこもうとしても実体験の記憶がない限り詮無いこと。
 ひとしきり他愛のない話しをして、ネグリジェや下着などの着替えの交換をして、ママは一旦帰っていく。そして夕刻パパと一緒にまた来るのだった。
 ママはともかくパパと面会するのは、正直言って苦痛だった。
 常日頃から娘のあたしとは対話がなかったらしく、一言二言くらいしか話さなかった。ほとんどは間をママが取り繕っていたって感じ。そうでしょうね、急に対話しろと言われたってそう簡単に話せるものじゃない。世間一般的に父娘は断絶の風潮があるというし……。


「もうしばらく、そうですね……。一ヶ月くらいは欲しいところです。身体的にはまったく問題はないのですが、精神的な問題が山積みで、検査が必要な事項が多いんです」
「例えば、どんな検査なのでしょう?」
「記憶喪失とは言っても、すべてを失ったわけではありません。自分の名前と年齢は覚えていたようですし、喪失した記憶がどこまでなのか、果たして復活できるのかという検査が必要です。真菜美さんは高校生なのですが、復学が可能かどうかといったことも調べなければなりませんから」
「しかし、ここは産婦人科ですよね。そんな検査がここでできるのですか? 専門の心療内科とかに転院した方がいいのではないでしょうか」
「確かに産婦人科ですが、記憶のない真菜美さんにとっては我が家のように落ち着ける環境というのは非常に大切です。それに心療内科医には知人がいますので、すでに当病院にて出張診療をはじめていますのでご安心下さい」
「そうでしたか……。では、すべてをおまかせしてよろしいのですね」


 今日は、あたしの大脳の機能検査の日だった。
 先生の知人である神経内科医が出張してきていた。
「じゃあ、真菜美ちゃん。この問題を解いてみようか」
「因数分解?」
「そうだ。判るかい?」
「あたし、数学は苦手だったのよね。……でも、解けそうよ」
 なぜだか知らないがすらすらと難しそうな因数分解を解いていった。
「はい。できたよ」
「速かったね。どれ、採点してみよう」
 先生が採点するのを、脇から眺める。
「どう?」
「満点だよ」
「すごーい。信じられない」
 それから科学系やら国語系のミニテストを受けたが、結果は予想以上の好結果となった。
「どうやら、勉強面では直人君の記憶が役に立っているようだ。彼がこれまでに勉強して得た知識の一部が、そのまま真菜美の知識としても活きているようだね」
「ほんとう?」
「ああ、そうだよ。これなら、なんら支障なく高校生活に戻れるだろう」
「やったー!」

(どうだ。俺の知識もまんざらではないだろう)
 検査を終えて先生が帰った後で、直人さんが自慢する。
「うん。えらい、えらい」
(ところで、真菜美)
「なに?」
(そろそろ、家に帰ってあげたらどうだ?)
「何いってんの」
(君のお母さんが可哀想と思わないのかい? 毎日、見舞いに来てくれているじゃないか。君の事、本当に思ってくれているんだよ)
「そうは言っても、自分のことすら記憶がないのに……やっぱりねえ」
(君の気持ちは判るよ。しかし、お母さんの気持ちも判ってあげなくちゃいけないよ。なにはともあれ、君のお母さんには間違いないんだから)
「う……ん」
(なあ、帰ってあげようよ)
「どうしようかなあ……」
(案ずるより生むが易しと言うじゃないか)
「そうかなあ……」
(さらに先生にも迷惑を掛けているんだぞ)
「先生に?」
(そうだよ。真菜美が入院している限り、病室を塞いでいるんだし、看護婦さんにも手間かけさせているんだ)
「困ったなあ……」
(困るのは先生。真菜美はちっとも困らないだろ)
「せっかく看護婦さんとも仲良くなれたのに……離れると寂しいよ」
(おまえなあ……なに考えてんだよ。自分のことばかり)
「わかってるわよ!」
(真菜美……)
「ほんとうはわかってるのよ……いつまでもここにはいられないことは……」
(おまえ……泣いているのか)

 その翌日。
 あたしは先生に会って家に帰る決心をしたことを伝えた。
「そうか……やっと、その気になってくれたか。お母さん、喜ぶぞ。早速連絡しよう」
「それで大丈夫かなあ……」
「記憶がないことかな?」
「うん……」
「それなら大丈夫だよ。すべてはお母さんがフォローしてくれる。君は生まれたばかりの赤ちゃんなんだ。精一杯甘えても構わないし、お母さんも喜んでくれる」
「そうかな……」
「君とお母さんは実の母娘なんだよ。自分のお腹を傷めて産んだ子供を放り出すなんてことは母親にはできないんだ。例え生まれた子供が障害者であっても、記憶を完全に失って赤ちゃん同様になってもね」

 そうかしら……。

 あたしの両親とは言っても、それは桜井真菜美としての親だ。
 あたしの身体には、柿崎直人という人物も同居している。
 でも不思議。いつの間にかだけど、直人さんの意識が最近表にでてこないの。
 あたしは、桜井真菜美という女性の身体に、柿崎直人という男性の脳神経細胞を移植されて、新たに再生された人格を持つ人間に生まれ変わってしまった。
 脳組織は男性のものに、あたしが入り込んじゃった。
 あたしだけのことなら、今すぐにでも帰ってもいいと思う。
 でも……。
(俺に遠慮することはないよ。どうせ俺は、陰日なたを歩けないんだ。要はおまえがどう思っているかだよ)
 そう言ってくれるのはありがたいけど……。
(案ずるより産むが安しというじゃないか)
 うーん……。
 いくら考えても明確な解答は出てこないかも。
 ええい、ままよ。
 決めた!