特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(三十三)行動開始  売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。  泳がせ捜査の始まりだった。  売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。 「さあて、どんな奴だろうね」  仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。  まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。  彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェック することにする。 「あたしの知っている人物は来るかな」  女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もち ろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっ かいだ。 「ばれたりしないよね」  顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。  この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官な りの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。  もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいな いはずだが。  彼女はまだ動かない。  その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。  まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。 「あ、動いた!」  席を立ち、階段を昇りはじめる売人  エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレ ベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに 逃げられるような行動を無意識にとるものだ。 『今、移動をはじめました』  電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。 『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあっ たらすぐに連絡してくれ』  すぐに返信メールが返ってくる。 『了解しました』  電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。  警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とか を叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。  まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。  取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置 関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえてお く。  化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。  一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意 である。  敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧 室に入って驚いたことがあった。  化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこです かと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行 きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。  おっと横道にそれた。  何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。  化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観 察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性な んかざらにいる。  もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧 用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。  鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。 (あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)  こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。  と思った時だった。  売人の表情が変わった。  来たみたいね……。  コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。 (へえ、彼女が仲買人か……)  ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。 (化粧が濃いわね……)  一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の 女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。  まさか……女装してる?  緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているよ うだ。  間違いない! 仲買人は女装した男性だ。  女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。  よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意 外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視 線を浴びてしまって気づかれてしまう。  この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。  取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危 険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。  女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができ る。 (考えたわね)  ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。 「ひさしぶりね」 「は、はい」 「金は持ってきたわね」 「もちろんです」  バックを開けて中身を見せる売人。 「いいわ」  二人は小さな声で商談をしている。  仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。  売人は気づいていない。 「どうしたの? 震えているじゃない」 「そ、それは……」 「まさか! サツを呼んだわね」  気づかれてしまった。  仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ち る。  覚醒剤だ!  これで証拠は挙がった。 「さては、あなたね」  その銃口がわたしを捉える。  この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。 「言いなさい! あなたは誰?」  ばれてはしようがない。  彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも 装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリン ジャー(41口径)の二発だけ。  破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。  絶体絶命のピンチ!  ……かしら?
     
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