特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(三十四)ピンチはチャンス! 「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」  銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。 「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」  こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げ ようとするのは当然だろう。  跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。  真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハ ンドバックを拾う仲買人。  あ! ショーツが見えた。  下着もちゃんと女性の物してるんだ。  しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわ ね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっき わたしがやって見せたようにね。  ……なんて考えてる余裕はないか。  ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。 「へえ、M84FSか……」  と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いて みる。 「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な 現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわ ね」 「どうも」 「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」  わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。  その時だった。 「やめてえ!」  それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。 「は、離しなさい」 「人殺しはやめて!」 「うるさいわね。ならあなたから死んで」  銃口の矛先が売人の方に向いた。  チャンス!  わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーター ベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って 撃ち放った。  M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心 理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考え る。  実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。  ズキューン!  耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。 「きゃあ!」  悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。  デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばし た。  わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。  間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。 「ちきしょう!」  銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、 廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。 「油断した」  起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、 「散らばったもの拾っておいてね」  と依頼する。  呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。  仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。  途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。  ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。  これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。  通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官と して堂々と入れるわけだ。  ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。  仲買人は上へ上へと逃げていく。  なぜ上に逃げるのか?  非常の脱出路があるのかも知れない。  となれば早いとこ捕まえなければならない。 「待ちなさい!」  と言われて待つ悪人はいない。  しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。  慣れないことはしないことね。  もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。 「もう少しで追いつくわ」  あ!  転んだ。  あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。  なんて笑ってる場合じゃない。  すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。  立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。  もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。 「はい! 一丁挙がり」  というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。  どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。  やがて同僚達が息せき切って現れる。 「真樹ちゃん!」  わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。 「大丈夫だったかい?」 「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」  仲買い人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。 「はい。しっかりと大丈夫です」  そしておもむろに仲買い人を見て、 「こいつが、仲買い人か?」 「はい。そうです」 「よし、良くやったぞ。えらい」  と頭をなでなでされた。
     
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