特務刑事レディー (響子そして/サイドストーリー)
(三十二)泳がせ捜査 「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳し く説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろ うね」 「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだか ら」  確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。  初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? と か、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るの が怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分 を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイル の削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行 すればある程度元に戻るものだ。 「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子な ら誰でもできますよ」 「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」  ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。 「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」 「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」 「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買 人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像が インプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」  端末を操作して売人の写真を表示する真樹。 「ああ、これね。女の人」 「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」 「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」 「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳が せ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。 そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえる のだ」 「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」 「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕 られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が 成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一 緒に暮らせる」 「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」 「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」 「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と 同じじゃない」 「ち、違うぞ! これは……」  と反論しようとした時だ。 「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、 この写真の人だ!」 「来たか!」 「じゃあ。あたし、行きます」 「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」 「判りました!」  車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。  胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。  相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。 「さあ、これからが勝負よ」  と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを 送るのであった。 「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」  頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。
囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には 例外として認められている。 日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月 に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。
     
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