女性化短編小説集「ある日突然に」より II

page-4 「ところで、この薬代というのは何ですか?」 「ああ、それはですね……」  といいながらバックからまた何かを取り出した。それを手渡しながら、 「これを毎食後に飲んでください」 「これは?」 「女性ホルモンです。毎日飲んでいれば、胸が膨らんでくるし、脂肪が沈着して女性 らしい身体つきになります。実はその薬以外にも、すでに女性ホルモンの筋肉注射を してあるんです。あなたは若い、半年も飲んでいればそれなりの大きさに成長するで しょう。そうですね、胸が出来上がるまでは、この特製パッド入りブラジャーを着け ておくといいでしょう」  そういって持参してきた箱を手渡した。開けてみるとまさしく女性の乳房を型取っ たシリコン製の特製パッドと、それを入れて着用する専用ブラジャーが入っていた。 触ってみると適度な弾力と硬さをもっており、トップでCサイズになるくらいのボリ ュームがあった。 「もし飲むのを拒絶したら?」 「それはあなたの勝手ですが、睾丸を摘出してしまった今、急激な男性ホルモンの欠 如で、更年期障害に似た症状に、生涯苦しむことになるでしょうね。女性ホルモンを 飲んでいればそれは防げます」 「女性ホルモンじゃなく、男性ホルモンを飲んだらどうなる?」 「睾丸もないのにですか? いくら男性ホルモンを飲んだとしても、睾丸がなかった ら笑われちゃいますよ。プールにも銭湯にも入れないでしょうね」 「そ、それは……そうだ。ゴムボールでも入れたら?」  というと、マネージャーはくすりと笑って言葉を続けた。 「男性ホルモン、つまりテストステロンは、非常に強力で即効性があります。それだ けにその摂取量は厳密に医者の監視下になければ処方されません。ゆえに、男性ホル モンを入手するのは非常に困難です」 「そうか……難しいのか」  よくスポーツ選手がテストステロンを使って筋肉増強をし、薬物検査で入賞を剥奪 されるというニュースを聞いている。何とか手に入るのではないかと思ったが……。 マネージャーが嘘をついている風には見えなかった。 「その点、女性ホルモンは個人輸入で誰でも簡単に手に入れられます。作用がおだや かで、定期的に定量を飲んでいれば、効果は十分に現われます。もちろん当方で仕入 れてお分けいたします」  たんたんと女性ホルモンについて語るマネージャー。 「しかし、だいたいが他人の身体を勝手にいじくりまわしておいて、女性ホルモンを 飲みなさいというのは、本末転倒じゃないですか」 「そうね……そう思うのは当然よね」  マネージャーはお茶を一口すすってから静かに語りだした。 「手術を決断したのは、この店の主治医である医師なんです。店子達の健康管理を見 てもらっています。体調に合わせて各人の女性ホルモン摂取量を処方してくれます」 「主治医?」 「はい。あの日、丁度お店にいらしてたんです。監視モニターで様子を見ていたらし いですが、お茶を入れる時に『この子は、女として生きるのがもっともふさわしい』 とか言って、睡眠薬を入れて、そして手術されました。先生は独自のポリシーを持っ てらっしゃって、数多くの性転換手術などもなさっておいでです」
     
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