女性化短編小説集「ある日突然に」より II

page-5  しばらく沈黙が続いた。  重苦しい雰囲気が漂っていた。 「ねえ。前向きに考えませんか? あなたの身体は元に戻りません。面接の時にも申 しましたが、あなたのお顔は結構可愛くて、お化粧すれば女性にしか見えないでしょ う。さらに女性ホルモンを飲んでいれば、より女性らしい姿になっていきます。諦め て女性として生きる道を進んではいかがでしょうか」 「女性として?」 「お店で働いてくださるなら、一切の面倒はこちらで致します。将来的に性転換手術 をなさる気になったら、先程言った主治医が格安で処置してくれます。あ、これは内 緒ですよ。先生は気に入った方しか手術はしないんです」 「そうは言っても、逃げられないようにって、身体には発信器が埋め込まれているん だ」 「うふふ。それは冗談ですよ。発信器なんて埋め込んでませんよ」 「しかし、探知機が反応しましたよ。自分の方に向けると大きな音が出て」 「あれはインチキです。実は一種の羅針盤のようなもので、北の方角に向けると音が なる機械なんです。その時、あなたは北側にいたのでしょうね」 「なんだ……心配して損した」 「まあ、あれはあなたが逃げ出さないようにとの配慮だったのですが……。でも、あ なたとお話していて、その必要はないと感じました。策略を巡らさなくても、ちゃん と私達のお店で働いてくださると確信しています。こうして私の話しを立腹もせず、 真剣に聞いていらっしゃるのがそれを現しています。だからこうして事実を申し上げ たわけです」 「信頼してくれるわけだ」  何にしても、火だるま借金地獄から脱却するためにも、働くしかないのは確かだ。 たとえどんな悪略な行為がなされてもだ。このまま借金を返せなくなって、暴力団や 取立て屋の手によって、生命保険が掛けられた上に、どこぞで首吊り死体となって発 見されるってことにもなりかねない。 「どうでしょう? すでにあなたとは雇用契約を取り交わしていますが、契約通りに お店で働いては頂けないでしょうか?」 「そうですね。元々からして他に働き口がなくて、しようがなくあの店を尋ねたので すから。お世話になるしかないのは確かですし、女装して働く覚悟はできていました から。こちらからもお願いしますよ」 「ありがとうございます」 「一つ聞いていいですか」 「どうぞ」 「お店の人って、みんな僕のように強制的に手術を施されているんですか?」 「いいえ。お店で働きたいと希望してくる方は、根っからの性別不適合の方や女装マ ニアの方です。性別不適合つまり女性の心を持ってらっしゃる方は、大概去勢手術を なさっているか、予定しているかしています。あなたのようにこちらで手術する必要 はありません。興味本意や高給というだけでいらっしゃる女装マニアの方は、丁重に お断りしています。ニューハーフと女装マニアは根本的に違うからです。ただし、相 当の美人の方は、あなたがされた処置を施して、引き止めることもあります」 「わかりました。それで、いつから店に出ればいいのですか?」 「とにかく傷口が治ってから、お店に出て頂ければ結構です。その判断はお任せます、 早いに越した事がないということは言っておきます。すべてはあなたの身の為にもな るということを覚えておいてください。お店に出る時間になればマイクロバスが迎え に来てくれますので、ロビーに出て待っていてください。お店に出る日数は自由です が、曜日を決められた方が、常連客様が付きやすいですよ。それと、この寮の管理人 が美容師を兼ねていまして、化粧やヘアメークして貰えることになっていますから、 自分で化粧できるようになるまでは、やってもらえばいいでしょう」
     
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