第四章
Ⅹ 交渉決裂
「孤児……と言われますか。まあ確かに孤児ではありましたが、もっと内情を調べて
から仰るべきでしたね」
「違うというのか?」
「孤児は孤児でも、自分は伯爵の実子なのですよ」
「実子だと? それが何故孤児なのだ?」
「私の目を見て障碍児だと思われたからですよ。双子の片割れの女子がいましたので、
捨てられたのです」
「た、確かに平均的な瞳の色より深いようだな」
「そのことに関してはわたくしがお話しましょう」
と、エダが割って入った。
アレックスの乳母として、伯爵家に雇われつつも、その身をずっと見守り続けてき
たこと。旧トリスタニア王家の秘宝であり『王位継承の証/エメラルドの首飾り』の
番人でもあったこと。そして自身は伝説のロストシップ『アムレス号』の管理者でも
あったこと。
アレックスを保護した後、その育成を孤児院にまかせ、海賊に浚(さら)われてか
らも、密かにバイオセンサーで位置を常にトレースしていたこと。それとなくアムレ
ス号へと誘うお手伝いもしていた。
「とまあいろいろありましたが、このお方が伯爵家の御曹司であることは、このわた
くしが保証します」
エダの解説が終わった。
「し、しかし近づくで爵位を奪い取ったことには違いないだろう。伯爵様は譲位を考
えていなかったのだからな」
「急いでいるのですよ。ケンタウロス帝国の魔の手が迫っているのでね。悠長に譲位
を待っていられない」
「だがしかし……」
反論を試みようとする公使だったが、
「いや、もういい! これ以上話し合っても無駄なようです。あなたは和平交渉とい
うものをご理解していらっしゃらないようだ。お引き取り願いましょうか」
アレックスに遮られる。
上位爵位である侯爵の使いであることを鼻にかけて、上から目線で話しかけるのが
気に入らない。
兵士に向かって手を振るアレックス。
それを見た二人の兵士が公使に近づいて、両脇からその両腕を抱え込んだ。
「な、なにをするか! 私は侯爵の特命全権公使だぞ」
大声で叫びながら、じたばたと抵抗する公使。
だが、アレックスは目を閉じて、兵士に向かって手を振った。
兵士は頷いて、公使を謁見の間から連れ出していった。
どあの外で騒ぎ立てる公使だったが、やがて静かになった。
「追い出して良かったのですか?」
エダが尋ねる。
「構わない。どうせこちらの言い分を聞く耳は持ってなかったようだし、一方的に押
し付けてくるだけだった」
「戦闘継続ということですね」
「そういうことになるが、相手にそれだけの戦力は残っていないからな」
「降伏勧告ですか?」
「ああ、それも無条件降伏だな」
「素直に屈服するでしょうか?」
「近づくでも屈服させるさ。カトリーヌ、戦艦デヴァステーションの司令官に繋いで
くれ」
「かしこまりました」
指示されて、敵艦との通信回線を開くカトリーヌ。
相手とはすぐに繋がった。
『アーネスト・カルヴァート中将です。先ほどは公使が失礼な態度をお見せしまして
申し訳ございません』
頭を深々と下げて平謝りする将軍に、嘘偽りのない表情が見て取れた。
「将軍には罪はありません」
『それでどのような御用でしょうか?』
「公使がいうところの和平交渉は決裂しました。戦争継続ということになりますが、
侯爵の艦隊としてはどうなされますか?」
『侯爵様の性格しますと、徹底抗戦の命が下されるでしょうね』
「戦いますか?」
『いえ。降伏します』
「一戦も交えずにですか?」
『部下を無駄死にさせたくないですから』
「なるほど」
『このまま閣下の配下に加えてください。階級を佐官クラスに落として、タスカー中
将の下で構いません』
「分かりました。配属先は後で考えるとして、私の部下になって頂きましょう」
『御意!』
こうして一戦も交えることもなく、侯爵艦隊はアレックスの配下となった。
第四章 了