第三章
Ⅵ カーライル子爵
惑星サンジェルマンから五十五光年のところに、恒星ウォルソール第二惑星ベルフ
ァストがあり、自治領主マクシミリアン・カーライル子爵の治める星である。
宮廷内では、カーライル子爵の臣下が右往左往していた。
「ロベスピエール侯爵がハルバート伯爵に対して宣戦布告されました!」
「まことか?」
「間違いありません」
「そうか……、両陣営から勧誘がくるだろうな。味方になれと」
「でしたら、どちら側の陣営に着くのですか?」
「そうだな、ハルバート伯爵という地位は実際として侯爵に近い辺境伯、国際中立地
帯周辺を守る防人として領地を与えられた身分だ。それなりに警備艦隊も揃っている」
「艦隊数は侯爵の半分しかありませんけどね」
「しかし、伝説のロストシップがあれば互角になるのじゃないか?」
「そのロストシップがこちらに向かって来ております」
「伯爵陣営が接触を図ってくるのは当然のことだろうな」
突然のこととして巻き起こった、爵位継承問題から新伯爵のアルデラーン公国再興
発言。そしてそれに反発したロベスピエール侯爵の宣戦布告。
対岸の火事として見過ごすことのできない騒動へと発展したのである。
「ロベスピエール侯爵から通信が入っております」
「侯爵から……? つ、繋いでくれ」
通信用モニターに侯爵が映し出される」
「これはこれは侯爵様」
丁寧な口調で応対するカーライル子爵だった。
『ハルバート伯爵のことは知っておろうが、つい今しがたそちらに向かっておる』
「存じております」
『おそらくは、お主に同盟を組もうとでも画策しておるのだろうが、さて……お主は
いかがされるつもりかな?』
強い口調で尋ねる侯爵だった。
暗に、
『こちら側に付かなければどうなるか分かっているだろうな』
と、言っているに等しかった。
「もちろん、侯爵様のお味方ですよ」
「ほほう、それで?」
「伯爵のガキに味方したと見せかけて、隙あらば裏切ってその首を掻き切ってやりま
す」
「それならば良い。戦争に勝てば、そなたを伯爵の位に上げて、惑星サンジェルマン
もくれてやろう」
「期待しておるぞ」
そこで通信が途切れた。
臣下がそばに寄ってきて尋ねる。
「あんなこと仰って良かったのですか?」
「ああ言うしかないだろ! だいたい俺も、あのガキは好かん!」
「ガキとか言いますが、恐れ多くもれっきとした伯爵ですよ。歴史上の抗争が起きな
ければ本来ならば公爵だった家系なんです」
かつて起きた公爵後継争いは、アルデラーン公国公王が逝去されて継承者として直
系尊属のひ孫で婿養子に入った伯爵家が指名されたのだが、ロベスピエール侯爵が、
『自分より下位の爵位を持つものに継承させるとは何事だ!』
と激しく抗議したのが発端で、公国は分裂することとなり、公爵家は断絶して公爵
位は空位のままとなっていた。ただ、『王位継承の証』であるエメラルドの首飾りは、
伯爵家に渡ったままである。
「正統性を語るならエメラルドの首飾りを持っている伯爵家に有利ですよね」
「それだって違法に移譲されたものだ……と、侯爵は仰っておる」
「仲直りできないものですかね。上級貴族の争いに巻き込まれる一般市民が可哀そう
ですよ」
「しかたあるまい。それよりも、一刻も早く手筈を整えなきゃならん」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げて策謀の手順書作りに取り掛かる臣下であった。