第三章
Ⅴ 進軍開始
「成層圏を出ます」
操縦手のジャレッド・モールディングが伝える。
「第三ラグランジュ点へ向かってくれ」
「了解」
第三ラグランジュ点とは、惑星サンジェルマンと第一衛星ロペス、第二衛星ロナン
の間で重力安定した空間の一つである。
到着すると、そこにはすでに伯爵艦隊が並んでいた。
「エンディミオンに繋いでくれ」
通信士のホビー・ハイアットに指示するアレックス。
エンディミオンは、侯爵配下の護衛艦隊であり、マーティン・ウォーズリー少佐が
指揮する旗艦名である。
侯爵の配下であったウォーズリー少佐は、撃破され動けなくなったと知りつつも放
置して自分だけ帰還してしまった侯爵に愛想を尽かせて、アレックスの配下へと鞍替
えしたのだった。指揮していた艦も修理を終えて実戦配備されていた。
「了解」
ハイアットが答える。
『ウォーズリー少佐です』
すぐに相手に繋がった。
モニターに映る少佐に問いかけるアレックス。
「発進準備はいかがですか?」
『はい。すでに完了して、いつでも出撃オーケーです』
「結構です。期待しています」
通信を終了して、艦隊司令官ランドルフ・タスカー中将に連絡を入れる。
『閣下、お待ちしておりました。総員、出航準備完了しております』
「ご苦労様です。当船の乗員は卒業したての見習いばかりなので、もうしばらくお待
ちください」
『かしこまりました』
通信を切ったタスカー中将だったが、これから戦争だというのに物怖じしない新伯
爵に、大いなる期待感を抱いていた。
自分は戦争どころか、艦艇同士の戦いすらしたことがないのに、伯爵はすでにケン
タウロス帝国の艦艇と戦ったことがあるという。
司令官が若輩のアレックスと顔を合わせた時、『こんな若造が自分の主となるのか。
しかも一国の領主に』と疑心暗鬼になったものだった。しかし会って話を続けている
と、しっかりとした国家統治・組織運営管理に関する話を情熱を持って語る姿は本物
だと理解した。
何よりも、軍のレーダー網に掛かることなく突然現れた船、伝説のロストシップに
乗ってやってきたのだ。侯爵の護衛艦隊をも軽く翻弄して動けなくしてしまった戦闘
力を有している。
「ケンタウロス帝国と戦ったことがあるって本当ですかね」
副官のアリスター・カークランド少佐が、そばに寄ってきて耳打ちする。
「侯爵の護衛艦隊との戦闘を見ていなかったのか?」
「見ていましたとも、ですがその艦隊とて戦闘経験などなかったでしょう。我々もそ
うですが……」
「だがな、戦闘開始数分で迷うことなくエンジンを狙ったのは、戦闘経験があればす
ぐに思いつくはず。最小限の攻撃で最大の効果があった。それで乗員に被害を出さず
に艦の動きだけを停止させた」
「確かにそうですが、それは船の性能におんぶしただけとか?」
「そんな船を持っているだけでも凄いとは思はないか? 一隻だけでゆうに一個艦隊
に相当すると噂されている」
「そんなもんですかねえ……」
とても信じ難いという様子の副官だった。
「閣下より入電。我に続いて前進せよ」
通信士のデイヴィッド・シモンズ中尉が報告する。
「よし。全艦微速前進! アムレス号に追従する!」
アムレス号に付いてゆくように、艦隊が動き出した。