第一章
Ⅶ 爵位譲渡  宮廷内に轟く銃声に恐れ慄く参列する人々。  その視線は、銃撃に倒れた衛兵に注がれている。  邸内での銃撃事件など目にしたことがないのだろう。  血が流れる様に震えている。  衛兵が瞬く間に倒され、外からも狙撃手がこちらを睨んでいると知らされた伯爵は 降参するしかなかった。 「分かった……爵位を譲渡しよう」  小声で答えるその身体は小刻みに震えていた。 「しかし、なぜだ……。なぜ今になって姿を現した?」 「危機がすぐそこまで迫っているからですよ」 「危機?」 「ケンタウルス帝国です」  銀河渦状腕『ペルセウス腕』の向こうの端から開拓を続けてきて、ついに『たて・ ケンタウルス腕』の端にある惑星サンジェルマンのすぐそばまでやってきたケンタウ ルス帝国。  それが百年ほど前だが、その頃はまだ開拓の真っ只中で、『いて・りゅうこつ腕』 にて発展したトリスタニア共和国との間に国際中立地帯を設けて不可侵条約を結んだ。  その間にも、侵略のための軍事力増強を進めてきたのだ。  中立地帯を縄張りとする海賊達を手懐けて、惑星サンジェルマンから先の旧アルデ ラーン公国の偵察と海賊行為を行わせていたのである。 「帝国は着々と侵略のための軍事力増強を進めており、中立地帯から最寄りの惑星リ モージュには軍事基地が建設されており、侵略開始は時間の問題です」 「手をこまねいている余裕はないということなのか?」 「その通りです」  しばらく考え込んでいる風の伯爵だったが、 「分かった。譲位式の日取りなど追って連絡する。これでいいだろう」  といいながら、あっち行けというような手振りで退室を促した。 「分かりました。吉報をお待ちしております」  マルキオンニ白兵部隊長に目配せすると、くるりと踵を返して元来た道を戻ってい った。  招かざる客を見送った伯爵は、大きなため息をつくと、 「とにかく、譲位式を執り行う手続きを始めてくれ」  と、側近に命令した。 「かしこまりました」  疑問の余地もなく従う側近だった。  この場に参列した大臣・諸侯達も同じ思いだった。  旧トラピスト星系連合王国の末裔の王族であり、トリスタニア共和国の創設者、そ してこの地アルデラーン公国をも興した人物の子孫。何より、ロストシップと呼ばれ る伝説の宇宙船アムレス号に乗って、宇宙を航行してやってきた人物なのだ。  少なくとも宇宙空港を取り囲む報道機関や野次馬などの一般民衆にとっては、空港 に停泊する巨大宇宙船の雄姿を見ただけでも、それを所有しているという人物の評価 は爆上がりであろう。  アムレス号に舞い戻ってきたアッレックス。 「いかがでしたか?」  転送装置を使ったのだろう、いつの間にか来ていたルイーザが尋ねる。 「はい、想定通りでした。後日爵位譲位式の日取りを伝えてくれるらしいです」  答えるアレックス。 「一応、うまくいったようね。譲位式が終わるまでは安心できないけどね」 「そうですね。それはそうと、一隻の船が惑星を飛び立ちました」 「それはたぶん、ロベスピエール侯爵でしょう。謁見の間から姿を消していましたか ら」 「自分の護衛艦隊を見捨てて?」 「損傷して動かない艦船など無用だと思っているのだろうね」 「無慈悲な」 「ともかく、その護衛艦隊と連絡を取ってくれ」 「了解」  数時間後、アレックスの元に護衛艦隊司令官が訪れていた。  ここへ来るまでに、アムレス号の船内施設を脅威の目で見つめてきたらしく、現る と同時に口を開いた言葉が、 「信じられません。この船はまるで未来から来たような設備のようです。前回は直接 転送されてきましたが……」  と目を輝かせて興奮していた。  司令官とて、この船が数百年前に建造されたロストシップと呼ばれるものだとは知 っていたが、自身が操船する艦船とは比べることすら出来ないほどの科学力を見せつ けていた。  その船の所有者であるアレックスが進言する。 「以前も言った通り、あなた達の艦船の修理はこの惑星で行うことを保証します」 「ありがとうございます」 「さて、君達の主君であるロベスピエール侯爵は、配下の損傷した艦隊を放っておい て自国へと立ち去ったようです。何か思うことはありますか?」  質問を投げかけるアレックス。 「どうやら私達は見捨てられたようです。侯爵は部下をぼろ布のように使い捨てにす る人物です。主を失った我々を、殿下の配下に入れて貰えないでしょうか?」 「いいでしょう。ケンタウロス帝国の脅威が迫っている今、軍の再編成は喫緊の課題 ですから」 「感謝いたします」  こうしてアレックスの配下に、侯爵配下の艦船が加わった。
   
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