第一章
V 脱走計画  アッデージ船長のもとに、エヴァン・ケイン少年のことが報告された。 「ほう……。それが本当ならパイロットに欲しいな」  空戦隊長のロドリゴ・モンタナーリが感心したように話す。 「本当ですよ。我々が苦戦してなかなか撃墜できなかった赤い奴を、いとも簡単 に撃ち落としてラスボスの母艦まで撃沈させたんですから。それも初見でですよ」 「そうか、訓練次第ではエースパイロットにもなれるかな」 「もちろんですよ!」  「しかし、シミュレーターではミスしても死なないが、実戦では死ぬ。例え生き 残っても捕虜になれば、海賊は即決裁判死刑だ」 「確かです」 「死の恐怖に打ち勝って、作戦遂行できるかな? まだ子供の彼には、荷が重い のではないか? 奴隷となってもまだ生きていられる方がまだ幸せに近い」 「私が、一人前になるように指導します」 「分かった。考慮しよう」 「ありがとうございます」  礼を述べて退室するモンタナーリ。 「料理長が人手不足で困っています。甲板長も子供たちが働いてくれるので助か ると言っていました。慢性的な船員不足この際、子供たちの中から選抜して仲間 に引き抜いてはいかがでしょうか?」  リナルディ副長が意見具申を述べた。 「海賊の仲間になろうと思うかな?」 「奴隷として売られるよりもいいか、と思うのではないですか?」 「そうかな……。ま、人手不足なのは確かだしな。本命の少年以外は、ジョル ダーノ甲板長にまかせよう」 「伝えておきます」  翌日。  調理場では、料理長の指示のもと幾人かの少年が調理の手伝いをしていた。  孤児院育ちで、当番制で日ごろの食事の準備をしていただけに、調理は慣れた 手つきだった。  機関室では、機械好きの少年が配置され、物珍しさに目を輝かせていた。  何の得意を持ち合わせていないものは、引き続き甲板掃除である。  その頃、エメラルド色の瞳をした少年アレックスは船長室に呼ばれて、アッ デージ船長との三次元チェスの相手をさせられていた。  アレックスが、広場での海戦ゲームを創作し、試合でも作戦巧者であることを 少年達から聞いていたからである。だから三次元チェスの相手になると思ったの である。海賊の中では、船長と勝負できる相手がいなかった。  チェスのルールを知らなかったアレックスであるが、手ほどきを受け二・三戦 すると、見違えるように上手になっていった。 「参った!」  船長が投了する。 「どういたしまして」  軽く会釈するアレックス。 「理解が早いな、俺と互角以上に戦えるのは君だけだ」 「ありがとうございます」  それ以来、事あるごとに好敵手となったアレックスとチェスの対戦をする船長 だった。  船長は、アレックスを例の貴族の息子だと確信しているようだった。  孤児ゆえに自身の身の上を知らないアレックス、ロスト・シップのことも知ら ないだろう。だが、何らかの接点を有しているに違いない。深層意識のさらに奥 深くに記憶が受け継がれているかもしれない。  基地に戻ったら、精神医に少年の深層意識の調査を行うつもりだった。 「君はなかなか頭が切れるようだ。俺の補佐役(Assistente)につける」 「アシスタントですか?」 「そうだ。船橋で俺のそばにいてくれ」 「僕がですか?……分かりました」  海賊船には既に副長がいたが、見習いとして使役することにした。  少年の才能を、自身の目で見極めるためである。  数時間後、少年達はそれぞれの船内での受け持ち担当を正式に与えられ、牢を 出されて海賊達と同様に六人部屋をあてがわれた。  アレックスは、部屋の班長に指名された。  海戦ゲームの創案者であり、大将・監督として采配を振るっていたことは周知 のことであったから最適任と判断されたのである。  アレックス(副長見習い)の他は、  ゲーム好きのエヴァン・ケイン(パイロット候補生)  機械好きのフレッド・ハミルトン(機関室部員)  料理が得意なジミー・フェネリー(厨房課員)  体育会系のブルーノ・ホーケン(白兵部隊要員)  乗り物好きのマイケル・オヴェット(操舵見習い)  の六人だ。  それぞれ役割を与えられて任をこなしているが、軍人ならともかく海賊として 働くことに違和感を覚えている者も多いようだ。  強制連行されて逃げ道もないので、仕方なく働いている状況である。  軍人なら家族にも保障があるし退役すれば恩給も出るが、海賊にはそれがなく 逮捕されれば即決裁判死刑が待っている。  孤児院育ちの者は諦めもつくが、家庭育ちの者は諦められなかったようだ。 「俺たちを連れてきた飛行艇が甲板にあるけど、あれで逃げられないかな」  マイケル・オヴェットが口を開いた。 「動かせる人がいるのか?」 「俺の親父が恒星間レースの艇長でさ。赤ん坊のころから、親父の隣で運転をみ ていたから、だいたいのことは分かるし、甲板掃除の際に飛行艇のコクピット見 たけど、ほぼ同じだった。だから多分大丈夫だ」  マイケルは、任せろと胸を張った。 「だとしても、飛行艇は一人では動かせないよ」 「エンジンなら、僕に任せてよ」  機械好きで、機関部員になっているフレッド・ハミルトンが名乗り出た。 「宇宙に出るには、管理棟からエアロックを開ける操作が必要じゃない? つま り誰かが残ってやらなきゃいけない」 「なら、それは僕がやってやるよ」  とは、パイロット候補生のエヴァン・ケイン。 「いいのか?」 「ここの居心地がよくってさ。海賊もいいなと思っているから気にすることはな い。大目玉を食らうだろうけど、たぶん大丈夫だよ」  パイロットを欲しがっているからという判断のケインだった。 「しかし、宇宙に出られても、航路が分からなければ迷子だぞ。航続距離も分か らない」 「それなら大丈夫。操舵見習いやっているから星図と航路図を覚えているんだ。 燃料も近くの有人惑星にたどり着けるだけの分はあると思うよ」  マイケル・オヴェットが答える。 「なら、後は実行あるのみだな」  と、班長のアレックスを見つめる。  他の者も同様に、決断を委ねるように見つめ返してくる。 「僕個人の意見としては反対だけど、皆が賛成なら同意しようと思う」  アレックスは決断した。 「他の班にも声を掛けるか?」 「いや、心苦しいがやめた方がいい。六名ならともかく、二十数名が同時に行動 を起こしたらさすがにばれる」 「分かった」  決断されたことで、綿密なる作戦行動案が練られることとなった。
     
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