第十三章 ハンニバル艦隊
[  今回の会戦で敵側に与えた損害として、撃沈艦艇一万七千隻と捕獲二万隻そして三 百万人以上にも及ぶ戦死者を出したと推定されている。それに対して味方損害は、七 百二十隻の艦船が撃沈、五千人に近い戦死者であるから、数の上では圧倒的勝利とい えるのだが、人命尊重を唱えるアレックスにしてみればこれまでにない多くの犠牲を 出したことは、悲痛のきわみであったに違いない。とはいえ、アレックスの責任を咎 めることはできないであろう。正面決戦による艦隊戦ではいたしかないことなのであ る。  捕獲した二万隻の艦艇の処遇は、慣例通りアレックスの配下に移されることになっ た。  スハルト星系会戦では撃沈処理した艦艇だが、今回はすなおに編入することになっ たのは、この会戦が罠ではなく正規の艦隊戦だからだ。罠を仕掛けるでもないのに、 敵に位置を知らせる可能性のある発信機を取り付けたり、爆弾を設置することなどあ り得ない。  とはいえ、二万隻からなる艦艇を母港であるカラカス基地へ移送することは不可能 であった。基地まで曳航するには遠すぎるし、何より敵艦隊に奪取されていたからだ。 また敵艦に搭乗する捕虜も膨大な人数に及ぶ。ために取り敢えずは捕虜共々近くの軍 事補給基地アグリジェントに預けておいて、当初の五万隻を率いて基地の奪還に向か うべき進軍を開始した。  カラカス基地奪還に向かったアレックス達ではあったが、ハンニバルを撃ち負かし 引き返してきた五万隻の接近を知った敵艦隊は、恐れをなしたのか一戦も交えること なく撤退した後だった。  カラカスを奪還したものの、改めて強固な防御陣を引き直すには時間が掛かりすぎ る。基地の設備を以前の様に戻せる前にアレックスの艦隊が押し寄せてくるのは目に 見えている。それにブービートラップが仕掛けてあるかも知れない。敵司令官が基地 を放棄するには十分の理由があったといえる。 「この撤退の判断の速さ、フレージャー提督でしょうか」 「かも知れない」  カラカス基地は一人の犠牲も出さずに再びアレックスの指揮下に戻ったのである。  労せずして基地を奪回したアレックスのもとに、将軍への昇進と新生第十七艦隊司 令官就任の辞令が届いたのは、それから一ヶ月後のことであった。  トライトンが少将に昇進し、その後任としてシャイニング基地の防衛司令官に選ば れた。  ハンニバルを撃退してカラカスを防衛し、捕獲二万隻を合わせれば七万隻という正 規の艦隊に匹敵する戦力を保有するに至ったからである。  旧第十七艦隊現有艦艇を分割して、第二軍団所属の第八・第十一・新第十七艦隊そ れぞれに二万隻ずつを分与する。その二万隻とアレックスの所有する五万隻を合わせ て都合七万隻の新生第十七艦隊として再編成されるとしたのである。  同盟における艦隊とは、七万隻をもって正規の一個艦隊を組織すると定められてい るが、激戦区の第二軍団のほとんどは相次ぐ戦乱で定数を大幅に割っていたのである。 戦闘による消耗に生産が追い付かないからであった。だが、アレックスの登場を機会 として、戦機は逆転をはじめていた。度重なる大勝利によって敵の兵力を大量に削ぎ 落としたために、敵の攻撃がめっきり減少して、生産が消耗を上回りはじめて各艦隊 への配給ができるようになったのである。またアレックスの巧妙な戦術による敵艦艇 の大量搾取も大いに寄与していた。 「いやあ、君には感謝するよ。二万隻を回してもらえるようになったのは君のおかげ だ」  クリーグ基地を母港とする第十一艦隊の司令となっていたフランク・ガードナー准 将は心から感謝しているようであった。これまでは艦隊と呼ぶには心許ない四万隻し か与えられなかったからだが、二万隻を増員してもまだ定員に満たないとはいえ、戦 術的には敵一個艦隊が相手なら何とか防衛できるまでになったといえる。
     
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