第十三章 ハンニバル艦隊
Z 「前方に敵艦隊!」 「ハンニバル艦隊です」  シャイニング基地を出発したアレックスが、同盟内で簒奪を繰り返すスピルランス 艦隊との決戦に及んだのは、三日後のことだった。  アレックスの危惧した通りに、要塞からカラカスへ向けて別働の攻略部隊が出撃し た情報もあり、多大な犠牲を覚悟で短期決戦で臨むしかなかった。カラカスを落とさ れ強固な防衛陣を敷かれてからでは、取り返すことが甚だ困難になってくるからであ る。  目の前の敵艦隊を打ち砕き、速やかに取って返してカラカス基地の奪還に向かわね ばならなかった。  アレックスはこれまで取られたことのない布陣を敷いた。ゴードン率いる第一分艦 隊を、円錐形の一辺を形作るような斜線陣を取らせ、それと対をなすもう一辺にはカ インズの第二分艦隊を配置した。そしてその底辺にチェスター配下の部隊を並ばせ、 さらにその後方に並列する旗艦艦隊という配置だった。  戦闘は二分艦隊の敵中央への突撃で切って落とされた。  ゴードンが配下の艦隊に号令する。 「全艦、我につづけ!」  ハイドライド型高速戦艦改造II式、準旗艦ウィンディーネとドリアードを先頭にし て勇猛果敢に敵中央に突入する二分艦隊。アレックスの片腕と称させるだけあって、 陣の後ろに控えるなどということはしない、司令官自らが先頭に踊り出て一歩も退か ない意気込みを部下達に見せ付けるためである。  今回の会戦は、ゴードンとカインズ両名のライバル意識が激突して、プラス指向と なる格好の場所となった。目と鼻の先で繰り広げられる戦闘の中で、ライバルより一 隻でも多く撃沈させようと張り切れば、戦果はすぐさま相手に伝わって否応なしに、 競争意識を燃やさずにはおれなかったのだ。もっとも、二人の最大の戦力を引き出す ためにアレックスがとった布陣ではあったのだが。  ゴードンとカインズの二分隊は作戦通りに敵中央に猛攻をかけてこれを切り崩しに かかった。艦隊リモコンコードを一切使用せず、戦闘機のごとく変貌自在に動きまわ って艦隊ドッグファイトを敢行する相手に対し、成す術がなくやられ放題となる敵艦 隊中央。  敵中央がたまらず後退をはじめたのを見るや、アレックスはチェスターの本隊に突 撃を命じた。無論本隊は敵の左翼と右翼に挟まれ猛攻を受けることになるが、これを 旗艦艦隊が両翼から支援する。  ゴードンやカインズに遅れること三か月、中佐に昇進していた旗艦艦隊司令官ディ ープス・ロイドが、準旗艦シルフィーネから下令する 「全艦砲撃開始!」  それを復唱する副官のバネッサ・コールドマン中尉の表情は誇らしげだった。  この布陣の成否は、中央突破した二分隊が踵をかえして敵背後から攻撃開始するま で、本隊が忍耐強く敵を押し返しつつ持ちこたえるどうかにかかっているといえた。 幸いにもチェスター達の艦隊編成は、防御力の高い戦艦を主体としているために、或 は復讐戦として奮起する将兵の活躍もあって、一進一退を繰り返しながらも善戦して いた。敵艦隊は完全に中央から二つに分断されて連絡を絶たれ、指揮系統を乱されて しまっていた。  その間に敵中央の突破に成功したゴードン達は、アレックスの作戦指示を守って、 敗走する敵艦隊には目もくれずに、踵を返して敵背後からの攻撃を開始した。  ここにいたって挟み撃ちとなった敵の左翼と右翼は総崩れとなった。  アレックスは自らの旗艦艦隊をもって敵右翼を攻撃牽制し、残る全軍を持って左翼 への集中攻撃を計った。  右翼の二万隻はちりじりになって退却をはじめたが、エクノモス星雲側にいた左翼 二万隻は逃げ道を絶たれ、総力を上げて結集した五万隻の艦隊に包囲されてついには 投降してきたのである。  開戦から二時間、軍配はアレックス側に挙がった。  歓喜の声が全艦隊を駆け回る。  待ち伏せ、罠による不意打ちといった奇襲でなく、正々堂々と正面からぶつかりあ った艦隊戦で勝利したのである。チェスター配下の将兵達にとっては、共和国同盟を 震撼したハンニバル艦隊を撃退したその喜びはひとしおであったに違いない。アレッ クスの演説にあったとおり、もはや彼らは敗残兵ではないことを証明し、胸を張って 凱旋して基地に帰るという司令官の言葉通りになったのであるから。旧第五艦隊の残 留部隊ではなく、アレックス率いる独立遊撃艦隊を構成する正規の部隊になったので ある。  もはや司令官の作戦指揮能力を疑う者は一人もおらず、勇猛・忠実なる武将と主戦 力となる二万隻の艦隊が、アレックスの配下に従うことになったのだ。 「しかし、意外と不甲斐なかったですね。あのスティール・メイスンがいながら… …」 「いや、どうやらスティールは、我々が来る前に戦線離脱していたようだ」 「戦線離脱ですか?」 「スピルランスと一悶着あって、一足先に帰還したのだろう」 「何があったのでしょう?」 「我々がこちらに出てきてカラカスが無防備になったことで、陽動作戦はすでに成功 したと言える。そこでスティールは無益な戦闘を避けて撤退を勧告したのだろう。し かし、スピルランスに徹底抗戦の作戦を伝えられて、自分の意思で艦隊から離れたと みるべきだろう」 「考えられますね」 「それにしてもチェスター配下の艦隊がよく戦ってくれた。そのおかげで勝利するこ とができたのだ。さすがにチェスターだけある、第五艦隊を解隊されて意気消沈して いるはずの将兵を、これほどまでにまとめあげるなんて、並みの司令官ではない」  司令官の功績を湛え勝利に酔いしれる将兵達の中にあって、目立たないが敗残兵達 をまとめあげ士気の低下を防いで鼓舞したチェスターの影の功績を、アレックスは見 逃してはいなかった。  アレックスはチェスターを司令官室に呼び寄せると、まずは配下の武将達の戦いぶ りを賞賛したうえで、改めて感謝の意を表明した。 「いえ。私は自分の職務を忠実に果たしただけです」  表情を崩さず、淡々と答えるチェスターであったが、アレックスが自分を評価して いる以上に、自分のアレックスに対する評価も確固たるものになっていたのだ。  この若者は英雄と称されることを奢ることなく振る舞い、すべての将兵達を公正な る態度で作戦に投入する。適材を適所に配して、自分の子飼いともいうべき将兵だけ に手柄を立てさせるようなことはしない。誰しもがアレックスの片腕と信じられてい るカインズも、元々は遊撃部隊編成当時は余所者であったのが、相棒のゴードンと分 け隔てなく活用されてきた成果があって、今の艦隊内における地位についているので ある。ディープス・ロイドもその例外なく、旗艦艦隊を任される重要な職務を担って いる。分艦隊なら危うくなれば逃げ出すことも可能であるが、司令官の搭乗する旗艦 を死守する任務にあっては、踏みとどまって激闘に耐えなければならない。万が一、 旗艦が沈んだり艦隊司令官が指揮不能に陥ったときは、これを代行する任務を負って いる。
     
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