第十三章 ハンニバル艦隊

                 IX  正規の七万隻を所有する第十七艦隊の母港としてシャイニング基地はそのままに、 カラカス基地もまた燃料補給基地として管轄に入れられることになった。つまりはシ ャイニングとカラカスと二つの基地の防衛を課せられることになったのである。アレ ックスにとっては双方の基地を防衛するには兵力を分散させねばならないことを意味 している。  第十七艦隊司令といえば聞こえはいいが、アグリジェント基地に残した艦艇を合わ せればすでに七万隻からなる独立遊撃艦隊を所有していたアレックスにとっては、負 担が増えただけで何のメリットもないものであった。  これは守備範囲にシャイニング基地を押し付けることで、アレックスの兵力を分散 させる意図を現した、チャールズ・ニールセン中将の策略があったといわれる。アレ ックスを准将に昇進させる苦肉の策の末に。  一方トランター本星では、五百万人にも及ぶ捕虜に対する戦犯裁判が行われていた。  捕虜として残される上級将校を除いては、下級将校・兵士達は連邦本星への強制送 還が行われることとなっていた。食料供給上の問題から全員を捕虜として残すわけに はいかないからだ。ただし、戦犯者達は当然として裁判にかけられることになる。主 に食料略取を担った部隊の将校達であるが、その中から婦女子に実際に手を出した者 達を選り分ける作業が困難を極めた。  同盟側にとってはかつてない惨劇となった食料纂奪と婦女暴行という、これらの罪 状にたいし、厳罰をもって処するべしという強い世論が大勢を占めるにいたった。  監察官達は、速やかなる審判を謀るために、捕虜に対して密告恩赦を約束した。婦 女暴行の当事者や、それを黙認した将校などを密告すれば、優先的に即時恩赦が与え られるというものである。すべてを監察官の手で処理していては、膨大な時間が掛か り過ぎてそれだけ長期に捕虜を収監しておかねばならず、食料の確保と同時に彼らを 監視するために、貴重な戦力となる兵士を割かなければならない。  宇宙港から発進する輸送船。多数の捕虜軍人を乗せて、捕虜受け渡しに指定された タルシエン要塞へ向かう一番艦である。 「よくぞこれだけの数を捕虜にしてくれたものだな」 「捕虜とはいえ、食料の配給を絶やすわけにはいかないし、いい加減同盟軍人のほう が餓えてしまいますよ」 「まったくだ。監察官泣かせもいいところだ」 「しかし、捕虜交換で戻って来ることになる同盟将兵やその家族等は感謝しているよ うですがね」 「これまで出ると負けしていた同盟軍が、ランドールの登場以来勝ち戦に持ち込める ようになって、捕虜収容の数が激増して連邦側との捕虜交換を可能にするだけに至っ た」 「とにかくランドール戦法とも呼ばれる艦隊ドッグファイトに持ち込んで、敵艦艇の エンジン部だけを狙い撃ちして動けなくなったところを、乗員ごと捕獲してしまうん ですから。流血を好まないランドールならではのことと、世間では評判ですけど」 「それだけ部下に困難な道を強いているということじゃないかな。高速で移動しなが らの正確な射撃を可能にするずば抜けた反射神経が要求されるのだからな」 「しかし彼らはそれをやり遂げています」  アレックスが准将となったことで、配下の者も自動的に昇進することになる。ゴー ドンが大佐となったのを筆頭に、多くの士官が昇進を果たすこととなった。  そして副官パトリシア・ウィンザー大尉にも少佐への昇進の機会を与えられること になった。だが、艦隊指揮の実務経験の少ない副官には、査問委員会の審査という手 順を踏まなければならなかった。 第十三章 了
     ⇒第十四章
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