第八章 トランター解放 (3)

 サラマンダー艦橋。
「総督軍艦隊、リモコンコードを受信完了しました」
「各艦の指揮管制系統へのコードのセット完了を確認しました」
「よし。そのままで待機」
 というと、アレックスは指揮パネルの通信機を取った。
 通信相手は、サジタリウムの司令官である。
「私だ」
 受信機からアレックスの声が届いている。
「ああ、君か。準備は完了したぞ。この後はどうする。判った、任せる」
 通信を切ると同時に、
「全艦各砲台、コンピューターに指示された攻撃目標にセット・オン」
 すると砲撃管制官が声を上げる。
「しかし、この目標は?」
「復唱はどうした。言われたとおりにしろ!」
 怒鳴り散らすレイン少将。
「りょ、了解しました」
 通信士が報告する。
「サラマンダーより映像回線で通信が入っております」
「全艦隊に流せ」
「全艦隊にですか?」
「そうだ」
「了解」
 映像回線で通信が行われ全艦隊に放送された。
 そして、各艦の映像スクリーンに投影されたのは、まぎれもなくアレックスだった。
 スクリーンのアレックスが静かに語りだす。
『共和国同盟解放戦線最高司令官、アレックス・ランドールである』
 その姿に総督軍将兵のほとんどが叫喚した。
 なぜランドール提督が?
 全員がそう感じたはずである。
「どうしたんだ。なぜ敵将が出ているんだ?」
 監察官が叫んだ。
 平然とレイン少将が応える。
「軍事ネットをハッカーされたのでしょう。向こうにはハッカーの天才がいますからね」
 トランターの軍事ネットがハッカーされ偽情報に惑わされて、首都星の防衛艦隊が留守にしている間に、ワープゲートを奪取されて敵艦隊の侵入を許したのは、つい数時間前のことである。
 そして解放戦線・帝国連合軍が目の前に迫っていることも事実だった。
 納得する以外にはなかった。
 アレックスの声は続く。
『共和国同盟軍の将兵たちよ。今こそ立ち上がって連邦軍を蹴散らして、虐げられた国民達を解放し、この手に平和を取り戻すのだ』
 総督軍ではなく共和国同盟軍と呼称したアレックスの言葉に将兵たちは奮い立つこととなった。
『全艦隊、連邦艦隊に対して攻撃を開始せよ!』
 アレックスの攻撃開始命令にレイン少将も即座に対応する。
「全艦、攻撃開始!」
 一斉に連邦艦隊に対して砲撃を開始する共和国同盟艦隊。
 連邦軍艦隊は、ほとんど不意打ちを食らった状態で、指揮系統も乱れてやられ放題となっていた。
 まさかの寝返りになす術もなかった。
 その戦況はサジタリウム艦橋のスクリーンに投影されている。
「どういうことだ!」
 なおも事態を把握しかねている監察官。
「見ての通りですよ」
 平然と答えるレイン少将。
「共和国同盟艦隊の指揮系統はランドール提督に移ってしまったんです」
 ここではたと気づく監察官。
「さっきの通信か?」
「その通りです。艦隊リモコンコードというものをご存知ですか?」
「聞いたことはある」
「行軍や戦闘行動を整然と行うために、艦隊コントロールを旗艦に同調させるシステムです」
「それを作動させたということか」
「そうです。総督軍として再編成したとしても、艦の運用システムは旧共和国同盟軍のものをそのまま使用していた。それが裏目に出たわけです。システムの総入れ替えを行うべきでした」
 戦術コンピューターのクリーン再インストール。
 それはアレックスが一番気を使っていることであった。
 艦艇はコンピューターで動く。
 搾取した艦のコンピューターには、何がインストールされているか判らない。
 バグがあったり、ウイルスが仕込まれているかも知れない。
 アレックスが戦闘に勝利して搾取した艦は数知れず、しかしそのまま自軍に編入することはしなかった。必ずシステムをクリーンインストールしてきた。
 では総督軍の編成が行われた時に、なぜ連邦軍はそれを実施しなかったのか?
「それはできなかった。トランターに残っていたランドール配下の艦隊が、パルチザンとして反乱行動を起こして、その対処に翻弄されていたからだ」
「先見の明ということですね。ランドール提督は、この日のためにメビウス部隊を残したのです」
「そんなことはどうでもいい! 指揮系統を元に戻せ!」
「だめですよ。一度指揮権を移動すると、相手側が解除しない限り元に戻すことはできません」
「なんとかしろ。死にたいのか」
「私を殺しても無駄ですよ。すでにすべての艦隊の戦闘命令系統はランドール提督の指揮下にあります」
「馬鹿なことを言うな」
「共和国同盟艦隊の戦術コンピューターはランドール提督の旗艦サラマンダーに同調されているのです。戦術システムがそういう具合になっているのです」
「解除しろ!」
「お断りします」
「死にたいのか?」
「お好きなように」
「ならば死ね」
 銃の引き金に掛けた指に力を入れる監察官。
 突然、監察官に覆いかぶさった者がいた。
 副官である。
 監察官に気づかれないように、こっそりと近づき飛び掛ったのである。
「何をする!」
 暴漢に拳銃を撃とうとするが、直前に叩き落されてしまった。
 拳銃は床を転がってレイン少将の足元に転がった。
 その拳銃を拾い上げながら、
「形勢逆転ですね」
 監察官は副官によって床に押さえつけられて身動きが取れなくなっていた。
「拘禁しろ!」
 連絡を受けてやってきたSPに連れ出される監察官。
「やっと、厄介者がいなくなりましたね」
 副官が歩み寄ってきて語り掛けた。
「君のおかげだ」
「当然のことをしたまでですよ」
 スクリーンに投影される戦闘状況に見入る二人。