第八章 トランター解放 (2)

 戦艦サジタリウムの艦橋内。
 正面スクリーンには、アレクサンダー皇太子率いる帝国・解放軍連合艦隊が迫っている姿が投影されている。
「帝国軍、停止しました」
「敵艦隊より降伏勧告が打電され続けています」
 通信士のその言葉には、早く結論を出してくれという悲哀にも似た感情が込められていた。
 目の前にいる艦隊は、総督軍二百五十万隻を打ち破った艦隊である。
 しかも、あの共和国同盟の英雄と称えられているアレックス・ランドール提督が率いているのだ。
 誰が考えても勝てる見込みはないと思えるだろう。
 そう……。
 司令官でさえ、そう思っているのだから。
 それを踏み留めさせているのは、連邦軍から派遣されて同乗している監察官の存在があるからである。
「司令官殿。判っておいでですよね」
 彼の名は、ユリウス・マーカス大佐。
 その手には拳銃が握り締められている。
 武器の持込が禁じられている艦橋において、監察官だけは武器の所持が許されている。
 そして今、その武器を構えて司令官に徹底抗戦を指図しているのだ。
 監察官の任務として、トランター総督府統帥本部からの指令を忠実に守ろうとしている。
 連邦軍三十万隻の将兵達は、本国において革命が起きた以上、ここを死守しなければ帰る場所はない。
 しかし旧共和国同盟軍の将兵達にとっては、銀河帝国は友好通商条約国であり、ランドール艦隊は同胞である。
 できれば戦わずに済めば良いと考えるのは至極当然のことであろう。
「私達に、あのランドール提督と戦えと命ずるのですか?」
 司令官のアンディー・レイン少将が念押しする。
「その通りだ」
 マーカス監察官は冷酷に答える。
 彼とて勝算はないことは判りきっていることである。
 ワープゲートを奪取されたと判った時に、奪還のために迎撃に出ることも考えたが、現れたのは銀河最強のアル・サフリエニ方面軍六十万隻である。残存の百万隻を持ってしても勝ち目のない相手である。
 そうこうするうちに遠征軍をものの見事に看破して、目の前に押し並べてやってきた。
 もはや逃げも隠れもできない切羽詰った状態である。
 まさか二百五十万隻の艦隊が百五十万隻の艦隊に敗れようとは思わなかったから、留守居役を任されたとしても、気楽に考えて何の策も講じていなかった。
 結局、ランドールは百二十万隻の隠し玉を用意していて、都合二百七十万隻の艦隊で当たったのだから勝つのは当たり前。
 残された道は、降伏か玉砕かであるのだが……。
 この際、かつての同胞同士で戦ってもらおうじゃないか。
 はっきり言って、旧共和国同盟がどうなろうと知ったこっちゃないというのが本音であろう。
「どうした? 出撃命令を出さないのか」
 拳銃を握る手先に力をこめるマーカス監察官。
 その時、指揮官パネルが鳴った。
 付帯している通話機に入電である。
 即座に艦隊リモコンコードによる緊急連絡であると気づくレイン少将。
 相手は誰か?
 艦隊リモコンコードによる緊急連絡を行える艦艇は、この付近にはいないはずである。
 同様の艦政システムを搭載していて、アクセスできる相手となると……。
 ランドール提督座乗のサラマンダーしかない。
 おもむろに送受器を取るレイン少将。
「わたしだ」
 あくまでも艦内連絡かのように振舞うレイン少将。
 この連絡手段を知らないであろうマーカス監察官に気取られないためである。
『解放軍司令のランドールです』
 感が当たった。
「ああ、君か。今忙しいのだ。用件は手短にしてくれないか」
『なるほど。そばに監察官がいるのですね。それも連邦軍で、徹底抗戦を?』
「そのとおりだ」
『まさか同胞同士で戦うつもりはないでしょう?』
「確かにそう願いたいものだよ」
『では、こうしませんか。こちらから艦隊リモコンコードを送信します。それを全艦隊に再送信して同調させてはくれませんか』
「するとなにか、君は徹底抗戦を進言すると言うのだな。勝てる見込みがあるというのか」
『おまかせください』
「判った。そうしよう」
『では、艦隊リモコンコードを送信します』
 レイン少将は指揮パネルを受信にセットした。
 ややあってコードは受信完了した。
 そしてマーカス監察官に向かって言った。
「部下の一人から意見具申がありました」
「で?」
「帝国軍は遠征軍と一戦交えた後で、兵士達も疲弊しているはず。しかもランドール提督にとっては、同胞同士の戦いは避けたいと考えるのが常識。そこが付け目で、十分互角に戦えるはずとね」
「ふん」
「というわけで、あなたのご意向通りに戦闘開始することにしました」
「そう願いたいものだな」
 マーカス監察官は、レイン少将とランドール提督との密約に気づいていない。
 これから起こることに目をむくことになるだろう。
 その後逆上した監察官が取りうる行動は予想だに難しくないが、将兵達の命を救うためにも、自らを犠牲にするもやぶさかではない。
「全艦戦闘配備! これより送信する艦隊リモコンコードに同調させよ」