純愛・郁よ

(十五)酒宴の後で  ひどい二日酔いで目が覚めた。  すでに日は高い。  となりに来客用と思われる真新しい布団が折り畳められてある。どうやら郁が同じ 部屋で寝ていたと思われる。夫婦なんだから当然だな。しかし宴会の最後まで起きて いたんだから、せいぜい二三時間、仮眠程度しかしていないんだろうな。 「武司、気分はどう?」  郁が部屋に入ってきて、顔を眺めながら尋ねた。 「最悪だ」 「はい、お水。少しはすっきりするわよ」 「ああ」  差し出されたコップの水を飲む。  うまい!  酒の後で喉が乾いていたせいもあるが、ここは田舎で近くの清流から直接水を引い ている所が多い。カルキは一切含まれていないし、天然ミネラルも豊富だからうまい のも当然だ。もちろん洗濯や風呂用に公共上水道も引いてあるが、飲用に使用するの は清流の水だ。 「お昼だけど、どうする? みんな、もう揃っているわ」 「みんな?」 「うん。二日酔いで全員休んじゃった。食堂で武司が来るのを待ってる」 「そうか。あれだけ飲んだからな」 「大切な花婿さんだから、気分が悪ければそのまま寝かせててもいいって、言ってく れてるけど」 「みんなが起きてるんじゃ、寝てるわけにもいかないよ。食べられるかどうかわから ないけど、顔だけは出さないと」 「じゃあ、そう伝えておくわ。あ、洗面所はお部屋を出て右の突き当たりにあるから、 タオルは掛かってるのを使ってね」 「わかった」 「パジャマのままでいいからね。みんなそうだから、気にしないで。じゃあ、食堂で 待ってるわ。洗面所に行く途中の右側が食堂よ」 「ああ……」  もう何度も帰郷してこの家にやっかいになっているから、洗面所とか食堂の位置は 覚えている。郁もそのことを知っているはずだが、二日酔いで意識朦朧状態なので、 念のために教えてくれたのだろう。  顔を洗って食堂に入る。 「おはございます」  朝の挨拶をする。  郁の言った通りに、酒宴に同席した男達はみんなパジャマだ。 「おはよう」 「おはようございます」  ちょっとくぐもり気味の声が返ってくる。みんなも二日酔いに苦しんでいるな。ほ んとうならまだ寝ていたかったのだろうが、俺が来ているから無理して起き出してき ているようだ。いや女性達に叩き起こされたのかも知れない。 「武司はここよ」  と俺を席に着かせて、その隣に座った。妻として、俺の世話をする位置だ。  ご飯と味噌汁がよそわれて、朝食と昼食が一緒になった食事がはじまった。  式はまだ挙げていないが、事実上の夫婦関係にあるので、俺を郁の夫として公認し ての会話もはじまる。みんなそのために起きて待っていたのだ。 「郁は、主婦業をちゃんとやっているかね」 「はい、もちろんですよ」 「なにの具合はばっちりかな?」 「抜群です」  うっかり答えてしまった……。 「あなた! 何を言ってるんですか! 武司さんも武司さんです」  母親が怒鳴った。  郁は真っ赤になって下を向いている。 「あはは。いいじゃないか。夫として一番気になるところだからな。娘がちゃんと相 手してあげられるか、親としても心配しないわけにはいかん。夫婦生活というものは、 ただ愛があるだけでは務まらないことだってある。着飾ってばかりじゃだめなんだ」  と高らかに大笑いする。  気さくな人だと思った。  確かにその通りだ。  俺が郁を抱く時、郁は俺を喜ばせようとして精一杯の努力をしている。その姿がい じらくて可愛いと思う。可愛いからやさしく抱いてやる。すると泣いて喜ぶ。その繰 り返し。互いにかばいあい、心身共により深い愛情で結ばれていく。  突然、話題を変えて来た。 「いずれ養子縁組みとかして、子供を育てるような事は考えているかい?」  どきりとした。  すでに茜を育てている。  まだ告白するわけにはいかない。 「そうですね。僕はともかく、郁が欲しがるでしょうから。そのうちにと考えていま す」  郁の方をちらりと見ると、少し緊張しているようだった。 「そうか。とにかく、子供はいた方がいいぞ。出世昇進とかにもプラスになるしな」 「はい」 「まあ……。もし養子を迎えたような時は、いつでも一緒に連れて帰って来なさい。 君達の子供は、私達の孫でもあるからね」 「そうよ。ちゃんと紹介してね。遠慮しなくていいのよ」  とこれは、郁に向かって母親が言っている。 「わかりました。養子を迎えた時は、必ず連れてきます」 「君さえよければ、親戚にあたって養子に出せる子供がいないか、聞いてもあげよう」  それはまったくの他人よりも少しでも親戚の血が流れていた方が良いという判断な のだろう。
     
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