女性化短編小説集「ある日突然に」より II

page-2  目が覚めると見知らぬ部屋のベッドの上だった。 「ここはどこだ?」  あたりを見回してみると、大きな鏡のついたドレッサーに、淡いピンク色した衣装 ダンス、明るい緑色のカーテンと同系色の壁紙。  どこを見回してもやさしい女性的な装飾品が並んでいた。  ベッドから起きようとする。 「痛い!」  股間に鋭い痛みを生じて、布団を跳ねのけてみる。  女物のネグリジェを着ていた。  何故?  とは思ったが、股間の痛みの方が先決である。  ネグリジェの裾をまくしあげるようにして股間を確認する。 「こ、これは?」  自分の股間にはガーゼがあてがわれていた。 「なぜ、こんなものが……?」  ガーゼを取り外して、少し血の滲んでいる箇所を調べてみる。 「う、うそ……」  なんと股間にぶら下がっている袋の中身がなかったのだ。  去勢手術! 「ど、どうして。こんなことに?」  思い出してみる。  最後の記憶はニューハーフ・バーでの面接であった。  その時出されたお茶に睡眠薬でも入っていたのであろうか?  そして眠っている間に球を取り出す手術をしたのだろう。  ニューハーフ・バーで働く人の中には球抜きする者も多いという。  しかし何故? 無断でそこまでする必要があるのか。  その時、部屋の扉が開いて一人の男が入って来た。 「おお。目が覚めたようだな」  そのがっしりとした体格の男が言った。 「ここはどこですか? 僕の身体に何したんですか?」  その男に食ってかかった。 「ここは、おまえが面接を受けた店の従業員寮だ。身体の方は、見たんだろ? そう いうことだ」 「僕に無断でなんでこんなことをしたんですか?」 「結論から言えば、おまえが面接を受けたあの店に釘付けにして、他には行けないよ うにした」 「あなたは一体何者なんですか?」 「まあ、簡単に言ってしまえば、オーナーというというところだろう」 「オーナー?」 「ともかく契約書にもとづいて、君にはあの店にで出てもらう。逃げようなどと考え ない方がいい。何故なら、おまえの身体には発信器が埋め込んである。どこに隠れてい てもすぐに探し出せるからな。今、証拠を見せてやる」  といって、男が小さな機械を取り出して、部屋の中を動かしてみせた。 「こっちの壁に向けるとこんな音しかしないが……」  と言いながらそれをこちら側に向けると音が急に大きくなった。 「どうだ、便利なものだろう。手術して取りだそうとしても無駄だ。皮膚を切開して、 空気に触れたりすると、猛毒が出る仕掛けになっている。一瞬に即死する猛毒がな」 「猛毒……」  思わず身体を見回してみて、どこに仕掛けられているのかと勘繰る。 「無駄だよ。仕掛けられた場所が判ってもどうしようもないだろう。まあ、そんなわ けだから。おまえはあの店からは逃げられないというわけだ」 「うっ……」 「とはいえ、おまえの行動の自由は、保障されているから安心しろ。定期的に店に顔 を出してくれさえすれば、いつでもここを出ていっていいんだぞ。ただ、元の自宅に は戻れないだろうからな。当分はこの部屋で暮らすといいだろう。部屋の中にあるも のは、自由に使っていい。慣れてしまえば、ここも楽園かも知れない。おまえと同じ 境遇の奴がいくらでもいるから、お友達にでもなるんだな。気晴らしにはなるだろう。 おまえはもう男としての機能はないんだ。今後は、女として生きるしかないというこ とを自覚しろ」  そう言って、男は出ていった。  後を追うようにドアの所に行く。  鍵は掛けられていなかった。  ドアを開けると、明るい廊下の両側に同じ様なドアの列が続いている。  従業員寮の一室であることは確かだった。  行動の自由は保障されているという男の言葉は正しいようだ。 (そんなことを言ったって。発信器を体内に埋め込まれてちゃ、結局籠の鳥と同じじ ゃないか。自分の居場所を四六時中監視されているんだから)  部屋に戻り、室内を調べてみることにする。何にしてもネグリジェのままというわ けにはいかないだろう。何か適当に着れるものを探すことにした。 「この部屋は自由に使っていいと言ったもんな」  衣装ダンスには、きらびやかなドレスが並んでいた。おそらくあの店に出る時に着 ていくために用意されているのだろう。その下側の引出を開けると、女物の下着が入 っていた。ブラジャーにショーツ、スリップ、ガーターベルト、ストッキング。女装 に必要な衣類はすべて揃っていた。 「女物しかないじゃないか!」  豪華なドレス以外は、ツーピースにワンピース。どれも女物ばかり。  どこかにズホンがないか探したが無駄だった。下に着れるものは、スカートしかな かった。 「まいったなあ……。これじゃ、外に出たくても出れないじゃないか」
     
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