女性化短編小説集「ある日突然に」より II

page-1  美麗美男求む。  高額給与保証。 「腹減ったなあ……」  ここ三日、まともな食事をしていなかった。  職探しをしていた目に、求人広告の文字が飛び込んで来た。  とある風俗店の壁に貼られた求人ポスター。  そこがいわゆるニューハーフ・バーということは知っていた。  しかし、もう職を選んでいる余裕はなかった。とにかく何でもいい。仕事を与えて くれるなら土下座だってしよう。それくらいピンチなのだ。生活費を手に入れるため に借りた消費者ローンは膨らむばかり、返済する為にまた借金を重ねるという悪循環。  破産という手もあるかも知れないが、前科があるので無理だ。  家賃はもう六ヶ月滞納していて、今月支払えなければ、追い出されてしまうのだ。 「ニューハーフ・バーってことは、ドレス着て女言葉使って、客接待しなきゃならん ってことか……」  顔には自信がある。 「決めた! とにかく当たって砕けろだ」  店はまだ閉まっていた。夜を待って再び来店することにする。  数時間後。  マネージャーという女性と対面していた。 (きれいな女性だな……やっぱりニューハーフなのかな……)  マネージャーは、僕の顔をひとしきり眺めてから口を開いた。 「当店がニューハーフ・バーということはご存じですよね」  その声は、きれいな女性的なものだった。高い声が出せるようにボイストレーニン グしたか、それとも手術で声帯を改造したか。どちらにしてもかなりの努力を要した に違いない。もちろん彼女がニューハーフだったらだが……。 「はい。知ってます」 「当店の従業員のみなさんの多くが去勢手術をされていますが、あなたはなさってい ますか?」  いきなり核心を尋ねてきた。ニューハーフ・バーだから当然のことなのだろう。  こりゃ、だめかな……。美麗美男だけじゃだめということか。  少し諦めの心境になった。 「い、いえ」 「そうですか……。では、女装の経験はありますか?」 「高校時代に、しょっちゅうお姫さま役に駆り出されていました。男子校だったもの で、イベントがある度に女装させられていました。友人に言わせると、何でも校内一 の美人だそうです」 「なるほど……。まったく経験がないというわけではないのですね。見た目にも中性 のマスクですし。ちょっとお化粧すれば、それなりに見えるでしょう。それで、その 女装させられた時の、気分はどうでしたか?」 「はあ……。最初は嫌でしたけど、きれいなドレスを着ていると、何というか……気 持ちいいというか。こう……スカートの感触がとても良くて、癖になりそうでした。 こんなドレスを着れる女性が羨ましく思いました」  マネージャーは、メモを取りながら聞いている。 「ふふ……。どうやら、この道の素質は十分あるようですね。いいでしょう。採用し ます」  マネージャーは言った。 「ありがとうございます」  まさか採用されるとは思わなかった。  女装するのには抵抗があるが、しばらく働いて金を貯めたらやめればいいのだから。 「では、雇用契約書です。内容を良く読んでサインしてください」  就業時間 午後6時から午前2時までの間で2時間以上。但し、お客様の入りによ っては残業有り。  時給 ¥2〜4000  休日 月曜日 (時給が¥4000として、8時間働いて¥32000。¥2000でも¥1600 0か、ニューハーフ・バーって、そんなに儲かるのかな……。確か普通のクラブだと ¥2500前後だよ。女装しなきゃならないけど、これなら我慢してでも続ける価値 があるよな)  契約書にサインをして返した。何せ、今夜の食事代にも事欠く状態なのだから、選 り好みはしていられない。 「結構です。まあ、お茶でも飲みながらお話ししましょうか」  従業員が運んできたお茶に手をつける。 「先程も申しました通り、当店はニューハーフ・バーですから、お化粧してドレスを 着てお店に出て頂きます……取り合えずのドレスはこちらで用意しますが……お給料 が入ったら……」 (どうしたんだろう……。なんか……急に、眠気が……)  目蓋を開けていられない。 (い、いかん……面接……中だぞ……) 「どうしましたか?」  マネージャーが覗いている。 「いえ……。なんでも……」  しかし、それきり意識がなくなっていった。
   
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