第十二章・追撃戦
Ⅲ  激しく損傷して宇宙空間を漂流している艦がある。  アルビオン旗艦ヴァッペン・フォン・ハンブルグである。  機関室では炎を上げて燃えるエンジンを消火しようと奮戦する乗員達。  艦橋では悲痛の表情で事態を収拾しようとしている司令がいた。 「どうだ?」  報告を受けて尋ねる司令に、副官のゲーアノート・ノメンゼン中尉が答える。 「だめです。メインエンジンが完全に破壊されて、起動レベルを確保できません」 「そうか……」 「このままでは、惑星アグルイスの重力に引かれてゆきます」 「アグルイス……。食人種の星じゃないか」 「不可避のようです」 「そうか、それでミュー族は攻撃を止めたのか」 「撃沈してやすらかに眠らせるより、植人種の星で最後まで苦しませようという魂 胆のようです」 「脱出艇での離脱は可能か?」 「味方艦は全滅、アグルイスの重力からの脱出は不可能です」 「そうか……アグルイスに不時着するしかないか」 「しかし、あの星は……」 「わかっている」  しだいに惑星アグルイスへと引き寄せられてゆくハンブルグ。 「完全に重力に捕らわれました」 「仕方あるまい。救難信号ブイを衛星軌道に投入し、大気圏突入準備せよ!」  各ブロックの気密ドアが遮蔽されてゆく。  艦尾から射出される救難ブイ、衛星軌道を周回しつつ救難信号を打電し続ける装 置である。 「総員宇宙服着用せよ!」  艦内のあちらこちらで、宇宙服を着こみ始める乗員達。 「大気圏突入コース設定!」  突入コースが浅ければ大気に跳ね返されるし、深ければ燃え尽きないにしても艦 内は生存不可能なほどに熱せられるだろう。 「まもなく大気圏に突入します」 「総員衝撃に備えよ。立っている者は何かに掴まれ!」  大気圏に突入し、大気の断熱圧縮熱によって艦体が急上昇、火球に包まれて墜落 していくハンブルグ。この状態では、艦の制御は不可能であり、自然落下運動に任 せるしかない。  艦内では、投げ飛ばされないように何かに掴まり、激しい震動に耐えている乗員 達。  艦橋内では、必死の形相で生き残るための手段を講じていた。 「艦内温度上昇中!」 「冷却装置のパワーを最大に上げろ!」 「成層圏突破まで二十四秒!」 「逆噴射準備!」 「まもなく圏界面を通過します」  圏界面とは、地球において成層圏と対流圏の境目にあたる場所である。  地表から上へ昇っていくと気温が下降していくが、地上十キロのあたりから成層 圏に入ると、逆に気温が上昇していくという現象が起きる。その境界面のことを圏 界面という。  ここらあたりまでくると、断熱圧縮熱による艦体温度上昇も止み、冷えてくる。 真っ赤な灼熱状態から、黒光りの艦体へと変化する。 「よおし、逆噴射! 緊急制動開始!」  対流圏に入り、やっとこ艦体制御が可能になって、全力で姿勢制御を開始する。  雲海の隙間をくぐり抜けて、海上へと姿を現わすハンブルグ。 「海上に出ました」 「陸地を探せ!」 「了解しました」  レーダー手のナターリエ・グレルマン少尉が探知機を操作する。 「右舷二時の方角に陸塊の存在を確認しました」 「分かった。面舵六十度転回、陸地に向かえ!」  しかし損壊した艦体が軋み音を立てる。 「陸まで持ちこたえられません!」 「艦を軽くするんだ! 弾薬を捨てろ! とにかく生命維持に必要な物資以外はす べてだ!」  弾薬が次々と投下され、海面で爆発を繰り返す。  廃棄物処理投下口から、雑貨類が投下されてゆく。  荷物を捨てて軽くなった艦は、一直線に陸地へと向かった。 「海岸線近くの海に着水しつつ、慣性で陸地に着陸する」  数時間後、海岸線の砂浜に打ち上げられて停船したハンブルグがあった。  艦橋には、衝撃で倒れている乗員達。  しばらく身動きしなかったが、一番に気が付いたのがケルヒェンシュタイナーだ った。起き上がり、指揮官席に座りなおす。 「無事な者はいるか?」  辺りを見回しながら尋ねる。  その声を聞いて、副官のゲーアノート・ノメンゼン中尉が、よろよろと起き上が って、 「わ、私は大丈夫です」 「傷を負っているようだが」 「かすり傷ですよ」 「そうか。艦内の損害を調べてくれ。気密性を最重点にな」 「かしこまりました」  艦長のランドルフ・ハーゲン上級大尉が各部署に連絡を入れ始める。 「総員に告げる。気密性が確保されるまでは、宇宙服を着用して作業に当たれ!」  暑苦しいながらも、黙々と作業を続ける乗員達。  そんな中、レーダー手が声を上げた。 「近づく物体があります」 「なんだと?」 「生命反応です」 「外部モニターに繋げ!」  モニターには、緑色に染め上げられた動く植物のようなものが多数近づいていた。 「植人種だ!」
     
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