第四章・遥か一万年の彼方
Ⅱ
惑星の開発は続けられているものの、人口12万人という過疎状態では、何とも
しがたいものだった。
「人口12万人なんて、ペストなどの疫病が流行れば、あっという間に滅亡します
わ。我々の体内・体外には、太古の昔から潜在する病原体が生き続けているのです
から。この星にも有害な未知の原生物がいるかも知れませんし」
例えば、帯状疱疹という病気は、幼少の頃に水痘が発症して一旦治ったと思って
も、体内の奥深くの神経叢に潜り込んで生存していて、老齢などによって免疫力が
下がった時に、復活増殖して引き起こすことがよく知られている。
生物学者の意見を取り入れて都市計画案が練られる。
一万人ごとのコロニーを作って、それぞれ分かれて生活することが提案された。
コロニー間をチューブトンネルで繋いで、鉄道や道路によって人々が移動できるよ
うにして、感染症が流行したコロニーは閉鎖して、それ以上の感染が広がるのを防
ぐ。災害時も同様である。
評議会などの政府・行政機関が集中した中央コロニーから、放射状・同心円にコ
ロニーが築かれていった。コロニー名として、原子の電子配置に因んで、Kから始
まる名前が振り当てられ、N10コロニーと言えば中央から4番目の同心円帯の北
から時計周りで10番目に位置することになる。
各個のコロニーには自治権を与えられていた。
人口自然増に任せておいては、いつまでたっても人口は増えず、開拓も進まず他
の惑星に進出することも叶わない。
とあるコロニーでは、人口殖産の方策として、試験管ベビーはもちろんのこと、
クローニングも盛んに行われていた。
コロニーN20では、人口が増えて同心円から外れて円外に向かって、数珠繋ぎ
状にコロニーを増設しはじめた。増設順にN20a・b……という名前が付けられ
た。
クローニングは、人口増には役に立つが、反面として奇形や遺伝子異常などの障
碍者も多数輩出こととなった。しかし人口増が当面の課題として引き続き行われた。
奇形児や障碍者は、疎外され迫害されてゆくのが世の常だ。
ミュータントとして蔑まれ、学校では虐められ、就職活動すらもままならぬ。
そういった奇形や障碍者達が集まってコミュニティを作り始めた。
その中で、頭角を現してきた人物がいた。
ドミトリー・シェコチヒンという名の男は、虐げられた人々をまとめ上げて反社
会的組織の一大勢力を作り上げた。
恐喝や強盗を始めとして、麻薬などの非合法取引まで、一般の市民のやらないこ
とを行っていた。
N0中央コロニーの倉庫。
ドミトリー他の仲間が何やら不審な行動をしている。
積み上げられた荷物の一つを、バールでこじ開ける一味。
軋み音を立てて、蓋が開いたその中に入っていたのは……。
バズーカ砲、ブラスターガンなどの武器がぎっしりと入っていた。
「これだけのものを、よく集められたな」
武器の一つを取り上げて、倉庫の窓に照準を合わせてみる。
「苦労しましたよ。裏取引でほとんどの金を使っちゃいましたよ」
「どうせ、この星の金なんぞ。もう必要がなくなるからな」
「そうですね」
一同頷いて同意する。
「よっしゃ、行動は夜になってからだ」
「おお!」
手を挙げて歓声を上げる一同。
夜になった。
N0コロニーに隣接する宇宙港。
中央には、12万人の移民たちを運んできた大型輸送船が停泊している。
連絡通路を進むエアカー。
ドミトリー達が乗り込んでいる。
武器を携帯して物騒な井出達である。
「通用ゲートが見えてきた」
「ぶっ飛ばしてやるぜ!」
仲間の一人が、エアカーから身体を乗り出して、バズーカ砲を構えた。
「落ちるなよ。拾えねえからな」
「そんなドジ踏まねえよ」
言いつつ、トリガーを引いた。
鋭い発射音と共にゲートに飛び込み、爆音を上げてゲートを破壊した。
何事かと集まってくる警備員たち。
「おっしゃあ! 飛び込めえ!」
全速力でゲートに突っ込むエアカー。
進路を邪魔する者は、機関銃が掃射してなぎ倒してゆく。
目指すは、大型輸送船だ。
軍艦ではないし、開拓に必要な機械類はすべて降ろされて、ただの倉庫と化して
いた輸送船には、まともな警備体制は敷かれていなかった。
まずは人口増産優先として、移民活動は凍結されて、船はせいぜい動態保存され
ているだけだった。
「入り口はどっちだ?」
「あそこにある」
「高くて届かねえよ」
と迷っていると、
「どけどけえ! 邪魔だ!」
仲間の一人が、荷物積み降ろし用のハイリフト車を、かっぱらって持って来た。
「おお、いいもん見つけじゃないか」
「みんな乗れや」
言われてリフトに乗る一同たち。
リフトが上昇して、乗船口。
「開けろよ!」
「今開ける」
乗船口が開けられて、一同が乗り込んでゆく。
「おい、出港準備が整うまで、二名はここで見張っていろ!」
「へえ! 近づいてくる奴は、みんなぶち飛ばしてやりますよ」
バズーカ砲を掲げ挙げて叫ぶ。
操縦室。
機器を操作している仲間がいる。
「どうだ。動かせるか?」
ドミトリーが尋ねる。
「へへ。こんなの朝飯前ですよ。自動航行システムを立ち上げて、探査方面を入力
するだけです」
もともと自動航行で居住惑星を探すためのプログラムが仕込まれている移民船で
ある。プログラムを起動させれば、後は自動運転できる。
「そうか……。頼んだぞ」
数時間後。
「起動成功しました! いつでも発進できます」
「よし、見張りのものを中に入れて出航させよう」
「了解!」
乗船口が閉められ、エンジンが始動しゆっくりと浮上してゆく。
そして宇宙空間へと飛び立った。