第十章 氷解
Y  事件は、犯人の死亡という結果となったものの、一応の解決を見た。  コレットはアレックスに対して捜査報告をまとめて提出した。 「カテリーナはスパイだったと思うか?」  アレックスは率直に尋ねてみた。 「カテリーナ・バレンタイン少尉がスパイだったのか、或は単なる物取りだったのか、 当人が死んでしまった以上それを確認することはもはや不可能ですが、ともかくも身 体が小柄なのを利用してダストシュート伝いに各部屋を行き来して犯行に及んだのは 確実なようです」 「それをミシェールに見られて殺害したのか……その肝心な共犯者の手掛かりは?」 「一切の証拠となるものを残していません。完璧に迷宮入りですね。申し訳ありませ ん」 「君の本来の任務はミシェール殺害に関してだ。その共犯者ともいうべきスパイの潜 入捜査は別件になるだろう。君の捜査範囲を越えるはずだ」 「とにかく、首飾りを部屋に隠しに戻ったのが、命取りになりましたね。あの部屋が 立ち入り禁止ということでは最良の隠し場所だったわけです。しかし私が念のために 施していた封印に気がつかずに扉から出ていって、犯行を露見させる結果となりまし た」 「参考までに聞くが、このエメラルドのネックレスは本物かイミテーションが判断で きるかい?」 「それは今回の捜査では重要ではありません。気になるならご自分でお調べくださ い」 「そうか……。実はそれは、わたしがマスカレード号で助けられた時に、身に付けて いたものなんだ。母の形見かなんかだろうと思っている。本物かどうか調べてイミ テーションだったら、形見としての思いが薄れるかもとそのままにしていた。もしか したら犯人がこれを盗みだしたのも、何か重要な秘密が隠されているのかも知れな い」 「たぶん正しい判断だと思います」 「まあいいさ……。それで君は、レイチェルの件について、告発するつもりはあるか い?」 「勘違いされては困ります。わたしはライカー少尉の他殺疑いを調べるために派遣さ れてきました。その捜査の必要から、特務権を執行して関係者の素性も細密に調べて きました。しかし捜査で得た機密情報は、たとえそこに犯罪が潜んでいてもわたしと しては公開し告発することは権限として与えられておりません」 「捜査情報の機密厳守条項というやつか。それがなければ誰も証言してくれないだろ うからな」 「あくまでライカー少尉の他殺を証明するために必要な諸情報のみ証拠として公開で きるのです。もっともレイチェル大尉の素性捜査を他から任務として与えられれば話 しは別ですが」 「そうだろうな」 「個人的見解を述べてよろしいでしょうか」 「どうぞ」 「レイチェル・ウィング大尉は、その経緯はともかく内面的においては、完全に女性 としての精神を持っています。日常生活においては何ら不都合なく女性として暮らし ており、周囲の人々も疑うことなく女性として接しています。今更事実を明かして周 囲を動揺させるよりは、このまま女性として生きていただいた方が、すべての人に対 してベターとはいえるでしょう」 「もし誰かにばれて告発された場合、性の登録を戻されるのかな」 「それは有り得ないでしょう。社会的にすでに女性として世間に認められて確固たる 地位を築いていることと、もはや元の完全な男性には戻れないという観点からです。 ただし罪は受けます」 「そうか……」 「他の男性との結婚も法律的には可能です」 「結婚か……子供は作れないかも知れないがな」 「子供が作れなくても養子を迎えて育てることはできます。戦災孤児はたくさんいま すからね」 「ついでだから相談したいのだが、レイチェルが男性と結婚すると言い出した時、自 分としてはどうすればいいと思う?」 「事実を知りながらそれを黙認なされた以上、レイチェル自ら真相を語らない限り、 今後もその事実を隠し通す義務があると言えるでしょう。あなたは結婚する二人を暖 かく祝福するしかないでしょう。相手が誰であろうとも」 「そうだろうな……」 「レイチェルの罪を黙認したというのがあなたの罪であり、そのことで一生悩まなけ ればならなくなったことが、それに対する罰ということですよ」 「罪と罰か」 「罰を軽減するために他人に、たとえば婚約者であるウィンザー中尉などに告白する ことも、おやめになられた方がいいでしょう。あなたの悩みは多少軽減するでしょう が、こんどは相手を一生悩ませる結果になるだけですから。すべてはあなたとレイチ ェルだけの間だけで留めておくことです」 「そうだよな……忠告、ありがとう」  コレットは姿勢を正して言った。 「それでは、IDカードの特権コードを抹消願います」  と言いながらIDカードを提出する。 「そうだな……」  IDカードを端末に差し込んで、乗員名簿閲覧などの特権コードを消去していくア レックス。任務が終われば特務権は消失する。艦長レベルで設定してあるので、万が 一紛失や盗難にあい、悪意を持った者にカードが渡れば、艦の乗っ取りが可能だから である。 「ともかく、よく任務をまっとうしてくれた。感謝する」  IDカードを返しながらねぎらうアレックス。 「任務ですから……。それでは失礼します」  というと、コレットは敬礼を施して踵を返して退室していった。
     
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