第四章 皇位継承の証
II  祝賀パーティーには、皇族・貴族が数多く参加するだろうから、印象を良くし解放戦 線との交渉に道を開く好機会となるはずである。 「しかし、わたしはパーティーに着る服がありません」  パーティーともなれば、女性同伴が原則である。アレックスの同伴として参加するに はそれなりの衣装も必要である。参加者達は着飾ってくるだろうし、まさか軍服でとい うわけにもいくまい。 「それなら心配要りません」  皇女が侍女に合図を送ると、部屋の片隅の扉を開け放った。  そこはクローゼットであった。ただ広い空間に豪華なドレスがずらりと並んでいた。  すごい!  パトリシアの目が輝いていた。まるでウエディングドレスのような衣装を目の前にし て、軍人からごく普通の女性に戻っていた。 「これは貴賓室にお招き入りした方々のためにご用意しているものです。お気に入りに なられたドレスがございましたら、ご自由にお召しになされて結構です。着付けには侍 女がお手伝いします」 「本当によろしいのでしょうか?」  念押しの確認をするパトリシア。  どのドレスを取っても、パトリシアの年収をはるかに越えていそうなものばかりなの である。さすがに遠慮がちになるのも当然であろう。 「どうぞご遠慮なく」  微笑みながら促すジュリエッタ皇女。  というわけで、パトリシアがドレスを選んでいる間、ジュリエッタと相談するアレッ クスであった。 「マーガレット皇女様はどうなるのでしょうか?」 「帝国に対して反乱を引き起こしたことは重大で、死刑を持って処遇されることもあり えます。皇室議会の決定に不服を訴え、あまつさえ反乱を企てたのですから、皇室議会 の印象が非常に悪いのです。少なくとも皇家の地位と権利を剥奪されるのは避けられな いでしょう」 「皇家の家系から抹消ですか……」 「致し方のないことです」 「そうですか……」  深いため息をもらすアレックスだった。  戦勝祝賀パーティーの夜がやってきた。  宮廷には、貴族や高級軍人が婦人を伴って、次々と馳せ参じていた。  大広間にはすでに多くの参列者が集まり、宮廷楽団がつまびやかな音楽を奏でていた。  貴賓室の中にも、その音楽が届いていた。  儀礼用軍服に身を包んだアレックスは、客員中将提督として頂いた勲章を胸に飾り準 備は整っていた。しかしパトリシアの方は、そう簡単には済まない。豪華なドレスを着 込むには一人では不可能で、侍女が二人掛かりで着付けを手伝っていた。そして高級な 香水をたっぷりと振り掛けて支度は整った。 「いかがですか?」  アレックスの前に姿を現わしたパトリシアは、さながらお姫様のようであった。 「うん。きれいだよ」 「ありがとうございます」  うやうやしく頭を下げるパトリシア。ドレスを着込んだだけで、立ち居振る舞いも貴 族のように変身していた。 「しかし……、何か物足りないな」  アレックスが感じたのは、ドレスにふさわしい装飾品が全くないことであった。パー ティーに参列する女性達は、ネックレスやイヤリングなどドレスに見合った高価な装飾 品を身に纏うのが普通だった。 「宝石類がないと貧弱というか、やっぱり見映えがねえ……」  パトリシアも気になっていたらしく、紫色の箱を持ち出して言った。 「実は、これを持ってきていたんです」  蓋を開けると、深緑色の大粒エメラルドを中心にダイヤモンドを配したあの首飾りだ った。それはアレックスが婚約指輪の代わりに譲ったものだった。 「そんなイミテーションで大丈夫か?」 「ないよりはましかと思いますけど……」 「まあ、仕方がないか……。僕達にはそれが精一杯だからな」 「ええ……」  パトリシアにしてみれば、イミテーションだろうと大切な首飾りには違いなかった。 夫婦関係を約束する記念の品であったから。
     
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