陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の拾肆  道子の部屋の前に立つ晴代と蘭子。 「陰形{おんぎょう}の術をかけておくぞ」  陰形の術は、平安時代前期の文徳天皇・清和天皇の頃に活躍した宮廷陰陽家の滋丘川人 {しげおかのかわひと}が得意とした呪法。身を隠し守る護法の一つである。  静かにドアを開けて中に入る二人。  相変わらずの酷い惨状であるが、ある程度片付けなければ仕事にならない。  床に散らばっている物を拾い上げて端に寄せ、ガラステーブルを中央に据えて作業台と する。ベッド回りも邪魔にならない程度に片付ける。  奇門遁甲八陣の方位に当たる部屋の周囲に燭台を置いて、ローソクに火を点し、死門の 位置に夢鏡魔鏡を設置する。道子と夢魔鏡とを結ぶ直線上の中心に対して直交する位置に、 夢魔鏡と鏡魔鏡を平行かつ等距離に置く。 「例のものは持ってきたな」 「はい」  蘭子は懐から紙粘土を取り出して中心点に置いた。この紙粘土には自身の髪の毛を、呪 法を唱えながら練りこんで形代としたもので、夢の世界と鏡の世界を移動する蘭子の分身 ともいうべきものである。さらに式神を呼び出すための呪符をその下に敷いた。  部屋中に張り巡らされた方位陣、虚空の世界を往来するための魔鏡の配置など。  すべて準備が整った。 「蘭子、覚悟はいいな」  おごそかに晴代が言った。  場合によっては、夢鏡魔人との戦いに敗れ、命を失うかもしれないし、鏡の中に閉じ込 められて二度と出られなくなるかもしれない。陰陽師としてのすべての力を出し切り、命 がけの戦場へと向かう蘭子の心意気は本人にしか判らない。 「はい。いつでも結構です」  と、目を閉じ手を合わせて、精神統一をはかった。 「では、いくぞ」  晴代が心身解縛の呪法を唱え始めると、蘭子の身体が輝きだした。身体と魂の遊離がは じまったのだ。やがて魂が完全に離れ、いとおしそうに身体にまとわりついている。  さらに虚空転送の呪法を唱え始める晴代。すると蘭子の作った形代が輝きだした。 「夢の中へ、いざ!」  晴代がカッと大きく目を見開いて、手を合わせてパンと鳴らすと、蘭子の魂が形代の中 へと、スッと消え入った。  大きなため息を付いて肩を下ろす晴代。  しかし、これで終わったわけではない。深呼吸をすると再び呪法を唱え始めた。道子の 生命を保ち続けるための呪法に取り掛かった。  晴代と蘭子が全身全霊をかけた戦いが幕を下ろしたのである。
     
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