続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇
(三)ディナー 「そうねえ……」  と考えてから……。  絵利香はボーイを呼び寄せて何事か相談していた。 「少々、お待ちいただけますか? 支配人にお話を通してみます」  丁重な態度で用件を確認してボーイがホテルに戻っていく。 「なに、相談してたの?」 「いえね。このホテルには結婚式場があるじゃない。来客用の貸衣装とか借りられな いかと思ってね」 「へえ、貸衣装があるんだ……」 「ホテルなら大概あるんじゃない? レストランにだって、ウェイトレスが粗相して 客の衣装を汚してしまった時のために、ちゃんと用意してあるよ」 「そうなんだ。便利だね」  やがて支配人がやってきた。  依頼人が、ホテルのオーナー令嬢である絵利香だから、支配人自ら直接出向いてき たのである。 「絵利香お嬢さま。ようこそおいで下さいました」 「こんにちは、お邪魔してます」 「お話をボーイから承りました。お召し物の件はこちらでご用意させていただきます ので、ご安心くださいませ。お料理の方も、十分吟味致しましてご満足頂けるものを お出しいたします」 「ありがとう。お願いしますね」 「どう致しまして。それではお食事のご用意が整うまでホテルでおくつろぎください ませ」  深々とお辞儀をして戻っていく支配人。 「やっぱりいいね。お嬢さまか……心地よい響きだよね」  この頃には、梓と絵利香が富豪令嬢であることは、クラスメートや知人にはとっく に知れ渡っていた。ロールスロイスで通学したり、親睦旅行でのことを考えればすぐ に気がつく。  その後プールからホテルのレストランに移動して、慎二の快気祝いの食事会となっ た。  各人、ホテルの貸衣装室で思い思いのドレスを着込んでいる。  熱傷で何ヶ月も意識不明の重体だったとは思えないほどの、見事な食べっぷりを披 露する慎二。 「いつもながら豚並みの食欲だなあ」 「そうねえ。せっかくのタキシードが泣いてるじゃない」 「服で食べるんじゃないだろう」  食べ物を頬張ったまま喋る慎二。 「だったらタキシードなんか着なきゃよかったのに」 「一度着てみたかったんだよ。これ」 「馬子にも衣装という言葉は、慎二君には合わないわね」 「ほっとけ!」  そんな慎二とクラスメート達の会話を黙って見つめている梓。 「おとなしいのね」  絵利香が囁くように語り掛けてくる。 「そうかな……」 「だいぶ気にしているわね。負い目とも言ってもいいのかしら」 「なんでそうなるのよ」 「そうじゃない」 「おーい。絵利香ちゃん、次の皿はまだなの?」  マナーとかの持ち合わせもない慎二に、周囲の他のお客がくすくすと笑っている。 「相変わらずね。慎二君は、一人前じゃ足りないでしょ。いいわよ」  というとウェイターを呼び寄せて、もう一人前プラスして都合二人前を慎二に出す ように指示を出している。ホテルのオーナー令嬢だからこそできることだった。 「サンキューね」  食べているときが一番幸せという表情で、もう一人前の皿に舌なめずりしながら、 フォークとナイフをすり合わせてから、手をつけはじめる慎二。  命の恩人とはいえ、こういう常識知らずな面を見るにつけ、このまま付き合ってい てもいいのだろうかと煩悶する梓だった。 「まあ、こういうところが慎二君のまたいいところじゃない。天真爛漫で嘘偽りのな い正直な性格をまんま出しているんだから」  と絵利香は、慎二をアフターフォローするが、梓にはいまいち納得できないでいる。 「そうなのかな……」 「そうそう」  なんにせよ、慎二とはこれからも付き合いを続けていくのだろう。
     
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