梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件
(十八)寄港  ハワイ諸島。  パールハーバーに入港する資源探査船。  沿岸に集まった野次馬が、その巨大な雄姿に見とれている。  合衆国が所有するすべての戦略・攻撃型原子力潜水艦より、装備を強化した戦闘艦 として、さらに深海資源探査船としての装備をも合わせ持った、水中総排水量四万八 千トンという世界最大の原子力潜水艦である。 『見ろよ。原子力潜水艦だぜ』 『それにしてもでかいが、海軍の潜水艦じゃないな。司令塔の脇に識別艦番号が記さ れていないし』 『潜水艦の場合は、その秘匿性から艦番号を表示しないことが多いんだよ。その代わ りに変な文字があるぞ』 『ありゃあ、中国の漢字とかいうやつじゃないか』 『じゃあ、中国の潜水艦か?』 『原爆保有国だから、原潜を所有してても不思議ではないが……そんな技術あるか? しかもこんな巨大艦』 『うーん。どうなんだろ。中国軍は公式発表しないからな』 『バーカ。中国軍がパールハーバーに入港できるわけないよ』  彼らの意志には、日本という言葉がないようだ。核廃絶を唱える国家だから眼中に ないといったところ。 『おまえらどこ見てんだよ。星条旗と第七艦隊の旗を掲げているんだぞ。中国軍のは ずないだろ。間違いなく合衆国の潜水艦だよ』 『そういえば、司令塔のポールに……』 『ああ! おい、見ろよ。あの旗を』 『え、どれ?』  司令塔のポールに掲げられた旗を指差す野次馬。 『真条寺家のシンボルマークだよ』 『じゃあ、真条寺家の潜水艦か?』 『そういえば真条寺グループ傘下の資源探査会社が深海資源を探査する船を開発した っていう記事を読んだことがある。たぶんそれじゃないか?』 『じゃあなんで第七艦隊の旗が? 星条旗だけなら納得できるが』 『わからん……』  野次馬が理解できるはずもなかった。真条寺家と合衆国海軍との間で極秘理に調印、 運用されている潜水艦なのであるから。  太平洋艦隊司令長官オフィス。  梓と司令長官のドレーメル大将が対面している。麗香もドアの所で待機している。 『いやあ、お嬢さまの乗られた航空機が不時着したと聞いた時は、心配しましたよ。 要請があればいつでも救助に迎えるように、近くを航行中の空母エイブラハム・リン カーンに準備をさせていたのですが。その上に潜水艦までが攻撃を受けたと聞いた時 には驚きましたよ』 『そのお気遣いだけで充分です』 『ところで、あなた方を襲った駆逐艦ですが、当方でも色々な方面から情報を集めま したが、依然として不明のままです』 『そうですか……』 『潜水艦を拿捕しようとしたのか、それとも真条寺家の後継者であるあなたを亡き者 にしようとしたのか……』 『え? それは、どういうことですか? あたしを亡き者って』 『考えてもみてください。潜水艦を拿捕するのが目的なら、FA戦闘機が逸早くスク ランブル発進で攻撃してきた時点で、太平洋艦隊の擁護下にあったことが判明し、諦 めて撤退するのが常識でしょう。にもかかわらず執拗に攻撃しようとしてきた。とな ると、潜水艦に乗艦している重要人物を狙ったものと考えるのが自然です。そしてそ こには真条寺家後継者のあなた様がいらっしゃった』 『まさか……』 『太平洋の孤島にお嬢さまの乗った飛行機が不時着したという情報、及び資源探査船 が救出に向かったという情報が漏洩しているようですね。それがあなたを亡き者にし ようとしている組織に流れ、駆逐艦部隊が派遣されたと考えるべきでしょう。あの駆 逐艦はどう考えても正規の軍隊です。おそらく一国の軍隊の一部を買収して海賊行為 を行わせるだけの資金と権力を持ったかなり大掛かりな組織のようですね』 『情報が洩れている……』  親指の爪を唇に当てて、少し顔を伏せ加減でじっと考え込んでいる梓。 『麗香さん!』 『はい!』 『あたしがあの島にいることを知っている部署は判りますね』 『はい』 『信じたくありませんが、真条寺グループの中にスパイが紛れ込んでいるのかも知れ ません。極秘理に調査をしてください』 『かしこまりました』 『一応こちら側でも調査を引き続き行います。軍の上層部にもお嬢さまの不時着の件 が伝わっています。こっちから流れた可能性もありますから』 『お願いします』 『そうそう。大統領からの言付けがありました。いずれ機会があればお食事でもしな がらお話ししましょうとのことです』 『はい。その時は喜んでお受けいたしますと、お答えしておいてください』 『かしこまりました』 『それと、大統領専用機が現在空いておりますので、それでお帰りくだされても結構 です、とのことですが』 『そこまでして頂かなくても結構ですわ。自家用機がありますので』 『そうですか。それでは、向こうに着いたら横田基地をお使いください。お屋敷に一 番近い空港ですから。基地司令官には、到着予定時間帯に滑走路を空けておくように 連絡を入れておきます。あんなことがあったばかりですからね。警備上はるかに安全 です。できればそうしてください』
     
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