思いはるかな甲子園
■ 新しい生活 ■  夢うつつ。  暗闇の中で背を向けて座り、何事か一心不乱に行っている浩二。  と、突然目の前に怪しげな人物登場。 「お主、何をしておる」 「だ、だれ!」 「ほお、おいしそうなフランクフルトであるなあ」  と自分の股間を見つめている人物。浩二が見てみるとなんといつの間にかフランク フルトがにょっきりとはえているのだ。それもマスタードとケチャップまでたっぷり とかかって。 「どうじゃ、このメロンパン二つと交換せぬか」 「だ、だめです!」  しかしフランクフルトはいつのまにかその人物の手に渡っていた。  気がつくと浩二は、女の子である梓の身体になっていて、胸にはメロンパンが二つ くっついていたのだ。 「なんじゃ、これはー!」  というところで梓は、悪夢というべき夢から覚めた。  目が覚めてもしばし呆然としている梓であったが、ふと気が付いたように自分の身 体を確かめはじめた。  しかしごく普通の女の子の身体に相違なかった。胸は小さめながらも形の良い膨ら みと弾力を持っているし、股間には今なお見なれることのできないデルタ地帯が広が っている。 「大丈夫、ごく普通の身体だよね」  冷汗を拭っている梓。 「しかし、変な夢を見たな。夢かあ……今のこの梓になったことが、本当は浩二がみ ている夢であって、夢の中でさらに夢をみた……ということはなさそうだなあ。どう 考えてもこの梓が現実の世界だよ」  退院の日から、両親に連れられてこの部屋で暮らすようになって、すでに一ヶ月が たっていた。  カーテンを通して朝の日差しが、部屋の中に差し込んでいる。  この部屋は南向きの一番日当りの良いところで、両親が大事な一人娘のために当て がってくれた部屋である。ベッドを降りてカーテンを開き、窓を開けると朝のすがす がしい空気が流れ込んでくる。精いっぱいの背伸びをして新鮮な空気を深呼吸する。  改めて部屋を見回してみる。  梓の趣味だろうか、明るい色調のピンク系を主とする壁紙や装飾が部屋を取り囲ん でいる。このベッドカバーもカーテンも……あれもこれもみんな以前の梓が選んだも のであろうか、十四歳の女の子らしい感性に満ち満ちていた。  本来なら相入れない感性のはずなのに、なぜかじっくり見つめているとなんだか落 ち着いてくるような感じで、もしかしたら自分のどこかに以前の梓が持つ感性が潜在 意識という形で残っているのかも知れない。感性だけでなく、ちょっとした自分の行 動にもまさしく女の子らしい仕草が現れて、びっくりすることがある。たとえば椅子 に座るときには意識せずともスカートの乱れを直しながら座っているし、あまつさえ 自然に膝を合わせ足を揃えているのだ。いわゆる反射や条件反射とよばれるものに、 女の子らしさが顕著に現れているのだ。どうやら梓が十四年もの間に渡って身につけ てきた癖とか仕草、身体で覚えているものはそう簡単には消え失せないものらしい。 これは母親がすでに気づいている通りであった。  窓の縁に腰かけて、ぼんやりと庭を眺める梓。  これまでのことを改めて考えなおしてみる。  退院のおりに、長岡浩二という少年つまり、自分自身の死を告げられていた。
     
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