プリンセスドール/人として(2)

 問題があった。  この屋敷のことである。  電気代とかの光熱費は、私の銀行口座にいくらかの残高があるはずだから一年くらいは 持つだろう。しかし、固定資産税や住民税などの支払いが残っていた。これはかなり高額 になるので、助手にはどうしようもないだろう。税金未払いでいずれ差し押さえがくるこ とになる。  所有者は、以前の私である。  その私は死んでしまった。  家族はいなかった。  交通事故で全員死んでしまっていた。  当然、所有権は国の物となり、競売にかけられて国庫に入ることになるだろう。  秀雄も当然のこととして、そのことに頭を悩ましていたようだ。 「なあ、理奈」 「何でしょうか?」 「実は、この屋敷のことなんだが……」 「屋敷?」  秀雄が何を言わんとしているかがわかっていた。 「この屋敷は、亡くなった前の先生の家なんだ。それで遺産相続する家族もいないから国 に取られちゃうんだ」 「国に? 取られちゃうの?」  知ってはいるが、あえて尋ねる。 「うん……だから、この屋敷を出なくちゃいけないんだ」 「そうなの……」 「僕は、この屋敷に居候していたんだ。それで引っ越すことになるんだが……」  言いにくそうであったが、意を決して口に出した。 「引越し先は、こんな大きな屋敷じゃない……。1DKの安アパートなんだ。家賃も払わ なくちゃならないし、大学の助手の給料じゃ生活も楽じゃない。貧乏になるけど……それ でも、僕について来てくれないかな……」  その言葉を口にするのはどんなに勇気がいっただろうか。  貧乏になるけどついて来てくれないか。  この私と別れたくない一途な思いからでた真剣な言葉であろう。  大学の助手の給料がどれほどのものかは、自分が良く知っている。  一緒になればどん底の生活となるのは間違いない。  しかし、私は覚悟を決めていた。  私の今があるのは、秀雄の献身的な愛があったからである。  人造生命体である私に、人間としての命を与えてくれた。  その恩を返さないでどうするというのだ。  それに何より、私自身も彼を心底愛してしまったからである。 「はい。どこまでもついていきます」 「本当なの?」  秀雄の表情が一面に明るくなった。 「はい」 「あ、ありがとう」  そして力強く抱きしめられた。  だが、不幸は突然訪れる。
     
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