機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌
X 三連装速射砲
地球上に存在する物質中、水(水蒸気)は最大の比熱容量と気化&凝固熱を有する
物質である。
水が蒸発して水蒸気になる時には、大量の気化熱を奪って周囲を冷却し、逆に水蒸
気が水になる時には、大量の凝固熱を放出して周囲を暖める。
すなわちミネルバが放出した高温高圧の水蒸気は、艦の周囲百メートルに渡って、
水蒸気と水(氷)が混然一体となった雲のバリアーを形成させていたのであった。し
かもその雲は、天然の雲よりはるかに高密度であり、プラズマ砲のエネルギーを完全
吸収できるほどのものであった。
その蒸気発生装置は、水を温めて蒸気と成し放出するだけという至極簡単なシステ
ムで、これほど安価・簡便なものはない。しかも艦内には熱を大量に発生する設備が
多数あり、それを冷却する配管が張り巡らされて艦内を循環しており、普段は居住区
などの冷暖房装置の熱源となっている。その冷却水を利用するので、特別なボイラー
などの必要もなかった。
「敵の攻撃が、まったくこなくなりました」
「プラズマ砲のエネルギーは雲が吸収してくれるし、熱感応ミサイルも凝固熱に反応
して雲に突入と同時にその場で爆発していまいますからね」
「さて……。艦長、次の手は?」
「三連装135mm速射砲を使いましょう。こちらはいつ補給が受けられるか判らないん
ですものね。無駄な攻撃は避けましょう。速射砲にAPFSDS徹甲弾を装填して、
敵艦のエンジンを狙い撃ち。撃沈させます」
「そうですね。一撃で仕留めましょう。高価なトラスターを使用することもないでし
ょう。1番砲塔にAPFSDS徹甲弾を装填!」
三連装135mm速射砲は、艦首(1番)と艦尾(2番)そして船底のやや後方(3
番)、格納式旋回砲台に設置されている。
その速射砲の機械室では指令を受けて、徹甲弾への換装が行われていた。
速射砲には数種類の弾頭が使用される。
【徹甲弾】戦闘状況によって数種類のものが用意されている。
APFSDS徹甲弾=[Armor Piercing Fin Stabillzed Discarding Sabot]
離脱装弾筒付翼安定徹甲弾。初速を速くするための離脱装弾筒と安定翼が付
いており、断面積に対しての長さの比が大きいために初速の低下が少なく、
貫通力も高い。敵艦の厚い装甲を貫く一撃必殺の弾丸である。
APCBC徹甲弾=低抵抗被帽付徹甲弾。滑空時の空気抵抗と、着弾時の滑
りを低減した弾丸。
AP徹甲弾=いわゆる普通の徹甲弾(安価)。駆逐艦程度の水上艦ならこれ
で十分。
いずれも炸薬は内蔵されておらず、その質量と速度で目標を破壊する。
【榴散弾】飛来する大編隊の航空機や宇宙軌道からの爆雷攻撃を迎撃できる。初期
の時限式の砲弾は一時的に廃れたが、その後高精度のVT信管や高性能の散
弾(子弾)が開発されて復活をみた。
【榴弾】爆風破片弾頭。中空の弾体に炸薬を詰めた構造で、装薬で射出された後、
時限式や着発・近接信管によって炸裂させ、弾体の破片効果および爆風によ
って、目標に被害を与える。主に地上構造物を対象としている。
いずれの砲弾も再装填の完全自動化がなされており、砲弾種にもよるが最大毎分200
発(AP弾)の連続発射が可能である。
自動換装装置によって砲弾の装填が完了した。
「APFSDS弾の装填、完了しました」
砲術長が報告する。
艦橋。
「発射準備OKです」
「よし。敵艦後部エンジンに照準」
「AN/SPY-3BVレーダーよりデータを入力。敵艦後部エンジンに照準を合わせます」
射撃オペレーターが復唱する。
レーダーが捕らえたデータがコンピューター解析されて、本艦との相対位置や移動
速度、敵艦の艦影図形などがパネルスクリーンに投射されていた。
「水蒸気のせいで敵艦を視認できないのはちょっと不安がないとは言えませんけど、
最新の電子装備が目となり耳となってくれるので助かりますね。あの天才科学者のフ
リード・ケースン中佐が設計した戦艦ですから、その点についてのことはまったく不
安はありません」
副長が漏らしたように、フリードが設計をしたものでトラブルを起こしたものは、
これまで一度も報告されたことはなかった。
あるとすれば、その高性能さを使いこなせなくて、使用者の勘違いや操作ミスによ
るものがほとんどだった。
「速射砲、発射態勢に入りました」
速射砲の射撃オペレーターが緊張した声で報告する。
フランソワが叫ぶ。
「発射!」
それに呼応して射撃オペレーターが復唱して、発射ボタンを押す。
「発射します」