霊敵なる者 4


「あなたは、まだ死んではいないわ。でも、生きてもいないもの」

 突然、奴が壁を通り抜けて現れた。
「あらら、悪霊に発見されたみたいね」
「悪霊だと!」
「そう。死んだ人の魂を浄化して霊界に導くのがあたしの役目なんだけど、中にはどうしても浄化できない魂もあるの。それが悪霊というわけ。よっぽど、この世に未練があるとか怨念があるとかね。彼の場合は、やはり自分も悪霊に殺されたってところかな。だから、自分も誰かを道ずれにしなければ成仏もできないって思い込んでいるの。そのターゲットにあなたが運悪く選ばれてしまったわけ」
「じゃあ、なにか? 俺がとり殺されれば、奴は成仏するってことか?」
「そうなの。で、後はあたしが浄化して彼を霊界につれて行くわけよ。そのために、あたしはここにいるの」
「冗談じゃない。そんなことってあるかよ。つまり、俺に身代りになって悪霊になれってことか」
「あはは、その通り。だから、はやく彼に捕まってくれない? そのほうがあたしも楽でいいんだけどな」
「悪霊にされてしまう俺のことは、どうでもいいのかよ。救われない魂を救うのが、君の役目なんだろう」
「だから、あなたはまだ、死んでもいないし生きてもいないから、今の時点ではあたしの管轄外なの。悪霊になったとき考えてあげるから。それにあなたが、悪霊になるとは限ってないもの。あなたの心がけ次第では、一緒に成仏できるかもしれないわよ。自ら進んで命を差し出せば閻魔様も無碍にはしないわよ。その時はやさしく霊界に案内してあげる」
「結局、俺に死ねってことじゃないか。悪霊になるのと成仏するのとの違いだけで」
「そうなるわねえ……きゃははは」
 少女はくったくなく笑った。

 奴が襲いかかってきた。
 すんでのところで、それをかわして俺は逃げ出す。

 逃げる?
 一体どこへ逃げるというのだ。
 考えながら逃げていたせいか、俺はマンションの足を滑らして階段を転げ落ちていった。

「ちきしょう。なんてしつこい奴なんだ」
 奴は、相変わらずその無表情な顔で、執拗に追いかけてくる。
 もうどのくらい逃げ回っているのだろう。
 いや、もはや時間など意味をなさないかもしれない。
 なぜなら……

 ここは夢幻霊界。
 夢を見るためにちょっと遊びに来たという魂や、死んで身体を失った魂がさまよい歩く世界である。悪霊とかいう危ない奴とか、案内人と称するキャピ☆ルン少女も排回している。
「ねえ。いいかげんあきらめたら? いくら逃げたって逃げ切れないんだから。」
 少女は、空中にふわりと浮かんだ状態で、俺のすぐ横にまとわりついていた。
「君もしつこいなあ」
「だってえ。あたしだって、次の仕事がたくさんあるんだから。いつまでもあなた達にかかわっていられないもの」
「だったら、そっちのほうから先にかたづければいいじゃないか」
「そうはいかないのよ。人が死ぬのにも順番があるんだから」
「なんだよ、順番ってのは」
「殺人を犯した人がその直後に自殺したという状況を考えてよ。この場合まず被害者が先に死ぬわけで、殺人犯人は必ず後ということ」
「そりゃ、そうだが……」
「閻魔帳には、いつ誰が死んでいつ生まれ変わるかといったリストが記されていて、その順番どおりにあたしは行動しているわけよ。だからここで、あなたにちゃんと死んでもらわないと、次の人が困るのよ」
「そんなこと俺が知るかよ」
「もう……しようがない人ねえ」
「どっちがだ」

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