(七)
その日から、あたしの部屋での柿崎さんとの共同生活がはじまった。
男性の柿崎さんと一緒に暮らす?
気分は同棲。
とまあ、いろいろと考えていたんだけど……。
最近、柿崎さんが話し掛けてくる回数が、めっきり減ってきているような気がする。
(まあ、女の子の生活に入ったんだから、俺が口出しするのも気が引けてね)
と、言っているけれど……。
やっぱり気になる。
あたしは、その辺の事情を主治医の先生に話してみた。
「ああ、それはたぶん……」
と言いかけて少し考えなおしている風の先生。
「先生、隠さないで正直に言ってください。あたし、何言われても平気ですから」
そうよ。脳移植をされたというだけでも十分過ぎるくらいに驚いたんだもの。それ以上のことはまずないと思った。
「いや、そういうわけではないさ。ちょっと、考えをまとめていたんだ。君に判りやすく説明するためにね」
「……?」
「君に処方している薬の中に、移植した直人君の脳細胞と、真菜美ちゃんの身体にある末梢神経とが、完全に接合し融合するようにする薬があるんだが……。なぜか脳神経細胞の再分化を促す作用もあることがわかったんだ」
「再分化?」
「そうだ。早い話しが、男物のセーターの毛糸をほどいて、新しく女物のセーターに編み直したと思えばいい。思春期で多量に分泌される女性ホルモンの影響で、元々男性的な脳の構造だったのが、女性的な構造に再配置されてしまったんだな。つまり男性脳から女性脳に切り替わってしまったんだ」
セーターの編み直しか……。うん、これなら理科系に弱いあたしでも何となく意味合いが判るわ。
「脳が女性脳になったから、男性的意識である直人君は居辛くなったんじゃないかな」
「そっかなあ……」
「このままいくと、完全に直人君は消滅して、真菜美ちゃんだけになってしまうかも知れないね」
「じゃあ、直人さんは一体なんのために脳を移植されたの? これじゃあ、あたしが復活する為の……ええと……」
適当な言葉が浮かばなかった。
「人身御供かな」
「そ、それよ。このまま消滅しちゃったら、あまりも直人さんが可哀想だよ」
「不思議だな」
「何が?」
「いや、そうだろう。真菜美ちゃんが自殺した原因は、直人君にあるのだろう? なのに彼をかばおうとしているからさ」
「あたしにもわからない。でも、消えちゃったらいけないと思ってるのは確かよ。嘘じゃないわ」
「そうか……同じ一つの脳の中に同居しているうちに情が移っちゃったのかな」
「かもね。あたしが自殺した原因は、直人さんにあるわ。でも直人さん、心底反省している。同じ脳の中にあって、以心伝心で直人さんの意識が、手に取るように感じたから間違いないわ。罪を犯したことは許されない事だけど、それは罰として女になることで、罪は償われたはず。あたしの方は、あたしの方で、一度は死んだ元の身体に戻れて、無事に生き返られたのは、直人さんがいたからでしょう?」
「確かにその通りなんだが……」
「だから直人さんには、あたしの身体の中で生きる権利があるのよ」
それから数日後、決定的な事態が発生した。
机の上に紙切れが置いてあり、こう書いてあったのだ。
真奈美へ。
やはり一つの脳の中に二つの意識があるのは問題がある。
結論から先に言うと、俺は脳の深層意識の中に消える事にする。
この身体は君一人のものだ。自由に使ってくれ。元々君の身体なんだから。
もう俺みたいな男なんかに引っ掛かるんじゃないぞ。
それじゃ、さよならだ。
お母さんを大切にしろよ。
「そんなあ……ひどいよ。あたしに黙って……」
柿崎さんを呼び覚まそうと何度も語りかけてみた。
しかし、一向に返答はなかった。
やはり柿崎さんの言うとおり、深層意識の中へと消えてしまったらしい。
それからの日々は寂しい。
まるで半身を引きちぎられたような気分。
今まで、悩んだ時、困った時には、適切なアドバイスしてくれていたのに、これからあたし一人でどうすればいいの?
家に帰る帰る決心できたのも、直人さんが一緒にいてくれると思ったからよ。
さらに月日が過ぎて春になった。
あたしは、編入試験を受けて合格し、高校生となった。
一年生として再出発の門出である。
「柿崎さん。見守っていてね。もう二度と道を踏み外すようなことのないように、清く正しく美しく生きていくつもり」
たとえ表にはでてこなくても、心のどこかに柿崎さんがいる。
それだけでも十分じゃない。
さあ、新たな旅に出発しよう!
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