(三十一)終焉

 真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡して
いた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちく
ださい。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、
そのつもりでいてください」
 そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
 などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するな
んて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかな
いわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売
春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが
合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込め
ないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮し
ていたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅し
てきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危
険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響
子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
 救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
 と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
 わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でな
きゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加
えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の
腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
 と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
 真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
 私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
 と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
 へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
 わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」

「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を
掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わ
った組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、
今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
 すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そ
ばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
 こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
 こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。
そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
 敬礼をする女性警官。

「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るの
もその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
 全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
 祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわ
けだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の
罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生き
ており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響
子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女になら
なければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に
相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁
護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基
礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
 と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには
困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
 と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーと
か開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKな
ら承認してもいいわ」
 パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
 一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意
味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千
万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がする
んだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟
であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によっ
て金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働か
なくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもら
うからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
 と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた
以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
 全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」
     
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