響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(三十)特務捜査官ケイ&マキ 「馬鹿な! なんで俺だけが五百万円なんだよ」 「おまえは、弘子の遺産を譲り受けているじゃないか。それを相殺したんだ」 「弘子の遺産だと? そんなもん知らん」 「ならば、もう一つの調書を見てもらおうか」  弁護士が再び書類を配りはじめる。 「儂が弘子に分け与えた土地と家屋に関する譲渡金の流れだ。あの土地と家屋は暴力 団が運営する不動産会社が、弘子から買い上げたことになっている。覚醒剤によって 精神虚脱状態になった弘子から実印と印鑑登録証を取り上げ、架空の売買契約を成立 させたことは明白な事実だ。その売買代金はべつの不動産会社、これも同じ暴力団経 営のその口座に振り込まれた。まあ、暴力団の資金源となったわけだ。さて、その土 地と家屋は、ある人物の経営する会社に譲渡され、短期譲渡に関する法律に触れない ようにして一定期間後に転売された。その購入代金は、暴力団の不動産会社の取得し た金額の60%だった。これを通常価格て転売している」  ここで一息ついてから、 「響子、今話した金の流れの意味が判るか?」  と尋ねてきた。 「えーと……。つまり早い話し、お母さんの資産を、暴力団とある人物とで、六四で 分け合ったということになるのかしら……」 「響子はかしこいな。その通りだよ」 「他にも宝石・貴金属類、銀行預金・有価証券なども巧妙に分配されている。すべて は、ある人物によって仕掛けられた巧妙な計画だったんだ。離婚訴訟の最中にあって、 覚醒剤の売人がどうして弘子に近づけたのか? 離婚がほぼ決定的になって、その後 の後釜になろうといろんな男達が近づいて来たし、人間不信から懐疑的になっていた 弘子は、ほとんど人に会う事を避けていた。弘子に近づけるのは数が限られていた。 なのになぜ赤の他人である売人が容易に近づけたか、不審に思った儂は、密かに調査 していた。売人はある人物が紹介したことが判ったよ。弘子を覚醒剤漬けにして財産 を横取りしようと企んだんだ」 「ひどいわ!」 「しかもうまい具合に、息子が弘子を殺して少年刑務所入り、相続欠格者となって、 法定相続人から脱落した」 「響子、弘子の遺産は本来誰が相続するかな?」 「おじいちゃんだよ。元に戻るわけだね」 「じゃあ、儂の死後に儂の遺産はどこへ行くかな?」 「えーと。おじいちゃんの直系はわたしだけだったから、おじいちゃんの兄弟姉妹と、 その子供達ね」 「そうだ。ある人物の最初の計画では、弘子の次にはおまえをも籠絡する計画だった んだよ」 「う、うそお!」 「おまえはまだ子供だったからね。やろうと思えばいくらでもできるよ。何せ暴力団 とつるんでいるのだから。しかし相続欠格となったことで計画は中止された。財産を 独り占めしようと相続人全員を処分するのはまず無理だし、黙っていても儂の財産の 五分の一が転がり込んでくるしようになったからな。それだけあれば十分だと思った のだろう。ともかく弘子の遺産があったわけだが、暴力団と手を組んで、不動産譲渡 を繰り返して巧妙に分け合ったわけだよ」 「おじいちゃんは、そのある人物が誰か知っているのね」 「ああ、今この部屋の中にいるよ。そいつの相続額は弘子の財産分を差し引いておい た」 「ええ? じゃあ」  一体、誰?  親族達が顔を見合わせている。  ただ一人、身体を震わせている人物がいる。  四弟の健児だ。  遺産分与で健児だけが差別されている。  つまり……。だれもが気づいたようだ。 「どうした健児、寒いのか? それとも脅えているのか」 「くそっ!」  健児が鞄を開いて何かを取り出した。それが何かすぐに判った。  拳銃だ。銃口は祖父を狙っている。 「おじいちゃん、危ない!」  わたしはとっさに祖父の前に立ちふさがった。 「響子! どけ!」  祖父がわたしを押しのけようとするが、わたしは動かなかった。  パン、パン、ズキューン。  数発の銃声が鳴り響いた。  バーンと扉が開け放たれて制服警官がなだれ込んできた。どこかに隠れ潜んでいた ようだ。  腕に激しい痛みがあった。どうやら弾があたったらしい。いや、運良くかすっただ けだった。  床に倒れたのは健児だった。  腕を射ち抜かれてもがいていた。すぐそばに弾を発射した拳銃が転がっている。  ふと見ると弁護士の隣の立会人が拳銃を構えていた。その銃口から硝煙が昇ってい る。  さらにはわたし付きの真樹さんも拳銃を構えていた。あれは欧米の女性が護身用に よく携帯しているレミントンダブルデリンジャー41口径。ガーターストッキングに でも挟んで隠してたのかな。立会人の方は、ダーティーハリーで有名なS&WM29 44口径ね。ついでに言うと健児のは、イスラエルIMI製造のデザートイーグル 50AE(通称ハンドキャノン)。50AE.弾を装填できるオート拳銃。女子供が撃てば 反動で肩の骨が外れちゃうという驚異的な威力を持っている。そんなもんどこから手 に入れたんだよ。あれがまともに当たってたら即死だよ。こんなこと知っているのは、 暴力団組長の明人の情婦だったおかげ。銃器カタログが置いてあって、暇な時に読ん でたらみんな覚えちゃった。もちろん現物を触る機会もあった。護身用にってデリン ジャー渡されたけど、持ち歩かなった。 「医者だ! 医者を呼べ!」  祖父が叫んでいる。  拳銃を構えていた立会人が、用心しながら健児に近づいて行く。  健児が身動きできないように確保して、拳銃を納め、代わりに手帳を取り出して、 「警察だ! 覚醒剤取締法違反容疑、ならびに銃砲刀剣類所持等取締法違反と傷害及 び殺人未遂の現行犯で逮捕する」  と手錠を掛けた。  健児を引っ立てて行く立会人を務めていた警察官。  通りすがりに真樹さんに話し掛けている。 「俺は、こいつを連れて行く。マキは後処理を頼む」 「わかったわ、ケイ。しかし、こいつ馬鹿じゃないの。日本人の体格で50口径の拳 銃が扱えると思ったのかしら。その銃の重さや反動でまともに標的に当てられないの に」 「ああ、しかもデザートイーグルは頻繁にジャミング起こすんだよな。50AEは判 らんが俺の所にある44Magは、リコイル・スプリングリングやらファイヤリングピ ン、エキストラクターやらがすぐ破損する。とにかくコレクションマニアは、何考え ているかわからん。とにかく破壊力のあるガンが欲しかったんだろ。こいつの家にガ サ入れに向かっている班が、今頃大量の武器弾薬を押収している頃だろう」  ふうん……。立会人がケイで、メイドがマキか。二人とも刑事か。名前にしては変 だし、コードネームかなんかかな……。 「響子、大丈夫か?」 「射たれちゃったけど、かすり傷みたい」 「すまなかった。こんな目にあわせたくなかったのだが、健児の化けの皮を剥ぐ良い 機会だった。奴を放っておけば、またおまえに手出しすると思ったのだ。だから、警 察と連絡を取合って、罠をかけたのだ。健児は無類の拳銃好きでね。それが高じて暴 力団とも関係するようになった」
     
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