響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十)真実は明白に  すると今まで黙っていた、その青年が口を開いた。 「響子、意外に冷たいんだな」 「あなたに響子なんて呼びつけにされる筋合いはありません」 「そう言うなよ。響子というのは、俺がつけてやった名前じゃないか」 「ええ?」 「俺の母親の名前だ。忘れたか? ひろし」 「ひろしって……。そ、その名前をどうして? ま、まさか……」  その名前を知っている限りには、わたしの過去の事情を知っているということ。響 子とひろしとが同一人物だと知っているのは……。そして母親の名が響子ということ は。 「なあ、生涯一緒に暮らすから、性転換して俺の妻になってくれと言ったよな」 「う、うそ……。まさか……明人?」 「ああ、そうだ。俺の名は、遠藤明人。祝言をあげたおまえの夫だ。もっとも今は柳 原秀治って名乗っているけどな」 「で、でも。英子さん、明人は死んだって……」 「あれからすぐに臓器密売組織に運ばれてきてね。わたしが執刀医になったのさ。で も脳が生き残っていた。明人のボディーガードの一人が、頭部を射ち抜かれて脳死に なったのが同時に運ばれて来ていたから、二人から一人を生き返らせたわけ」 「じゃ、じゃあ。明人の脳を?」 「その通り」 「ほ、ほんとに明人なの? 担いでいるんじゃないでしょう?」 「何なら俺だけが知っているおまえの秘密を、ここで明かしてもいいんだぞ」 「それ、困るわ……」 「なら、俺を信じろ。嘘は言わん。俺は正真正銘のおまえの夫の明人だ」  ああ……。その喋り方。 「明人……」  わたしは、明人の胸の中で泣いた。  明人はやさしく抱きしめてくれた。  身体こそ違うが、わたしをやさしく見つめる目、その抱き方。間違いなく明人だ。  明人がわたしのところに帰って来てくれた。  ひとしきり泣いて、落ち着いてきた。 「でもどうして今まで黙ってたの?」 「それはね。脳移植自体は成功したけど、身体と精神の融合がなかなか進まなかった のさ。身体も脳も生きているけど、分断したままという状態が長く続いた」  社長が説明してくれた。 「俺は、生きていた。身体と融合していないから、真っ暗の闇の中でな。そしてずっ とおまえのことを考えていた。おまえを残しては行けない。もう一度おまえに会いた い。その一心だった。その一途な願いがかなってやがて俺の耳が聞こえるようになっ て、さらに目の前が開けて来た。身体との融合が進んで耳が聞こえ目が見えるように なったんだ。俺は生きているんだと実感した。だとしたらおまえを迎えにいかなきゃ と思った。その思いからか、急速に回復していった。そして今ここにいる」 「明人、そんなにまで、わたしのことを思っていてくれたのね」 「あたりまえだろ。おまえを生涯養ってやると誓ったんだからな。それとも姿形が違 うとだめか?」 「ううん。そんなことない。明人は明人だよ。ありがとう。明人」 「ああ、言っておくけど……。俺は、今は柳原秀治なんだ。柳の下にドジョウはいな いの柳に、そうげんの原、豊臣秀吉の秀、そして政治経済の治と書いて柳原秀治。覚 えていてくれ」 「柳原秀治ね」 「ああ。そうだ。秀治と呼んでくれていい」 「判ったわ。秀治」 「あははは!」  突然、社長が高笑いした。 「なーんてね……。実は、里美君のご両親もここに呼んであるのさ」 「ええーっ!」  今度は里美が目を丸くして驚いている。 「倉本さん。お入り下さい」  社長が応接室に向かって声を掛けると、その人達が入って来た。  そして里美の方をじっと見つめながら言った。 「やあ、元気そうだね。里美」 「ちっとも連絡してこないから、心配してたのよ」  まだ紹介していないが、両親は里美がすぐに判ったようだ。何しろ母親と里美がそ っくりだったのだ。 「パパ! ママ!」 「なにも言わなくてもいいわよ。みんな社長さんからお聞きしたから」 「ママ……」  そういうと里美は母親に抱きついて泣き出した。 「えーん。本当は逢いたかったんだよ。でもこんな身体になっちゃったから……寂し かったよー」  まるで子供だった。  パパ・ママなんて呼んでるから、笑いを堪えるのに苦心した。  どうやら両親に甘えて育ったようね。道理でわたしをお姉さんと慕ってついてくる 理由が今更にしてわかったような気がする。 「泣かなくてもいいのよ、里美。ママはね、里美が女の子になって喜んでるの」 「え? どうして?」 「ほんとは女の子が欲しかったの。だから産まれる時、里美という名前しか考えてな かったのよ。結局男の子だったけど、そのままつけちゃったの」 「でも、仁美お姉さんがいるじゃない」 「実をいうと仁美は、私達の子供じゃないんだ。パパの兄さんの子供なんだ。母親も すでに亡くなっていたからうちで引き取ったんだ」 「先に癌で亡くなった伯父さん? そのこと、仁美お姉さんは知ってるの?」 「結婚する時に教えたわ。びっくりしてたけど、納得してくれたわ。わたしが産んだ 子じゃないけど、二人を分け隔てたことないわ。ほんとの姉弟のように育ててきたつ もりよ」 「うん。知ってる」 「それにしても、ほんとうに奇麗になったね。もう一度近くでじっくりと顔を見せて 頂戴」  見つめ合う母娘。 「えへへ。ママの若い頃にそっくりでしょ」 「ほんとだね、そっくりよ。だから入って来た時、里美だってすぐに判ったわ」  そっかあ……。  里美は母親似だったんだ。  それにしても良く似ている。  わたしや由香里も母親似だし……。  男の子を女にしたら、みんな母親に似るらしい。 「でも、わたしが子供を産んでもママとは血が繋がっていないよ」 「そんなこと気にしないわよ。里美は、ママがお腹を傷めて産んだ子。その子が産ん だ子供なら孫には違いないもの。里美はママと臍の緒で繋がってたし、里美の子供も やはり臍の緒で繋がる。母親と娘は血筋じゃなくて、臍の緒で代々繋がっていくわけ よ。そう考えればいいのよ。でしょ?」 「うん、それもそうだね」  母親はやさしく包みこむように里美を諭している。  臍の緒で代々繋がっていく。  そういう考え方もあるのか……感心した。  さすがは母親だと思った。妊娠し出産する女性にしか気づかない考え方ね。  由香里も、なるほどと頷いて、納得した表情をしている。 「里美のウエディングドレス姿を早く見たいわね」 「社長さん達が、お見合いの話しを進めてるらしいから、もうすぐかも」 「楽しみね」 「うん」  ほんの数分しか経っていないのに、すっかり打ち解け合っている。  あれがほんとうの母娘の姿だと思った。  ふと気づいたが、会話にはほとんど父親が参加していない。数えてみたらほんの二 言しか喋っていないし、抱き合っている母娘のそばで、突っ立っているだけで、まる で蚊帳の外にいるみたいだ。  こういうことは、男性はやはり一歩引いてしまうんだろうか?  いや、それでもやさしく微笑んでいるから里美のことを認めているには違いない。 里美が最初に抱きついたのは母親の方だし、母娘のスキンシップを邪魔しちゃ悪いと 思っているのかも知れない。
     
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