響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(十八)新しい門出  それからしばらくして、彼女は赤ちゃんを抱いて退院していった。  わたしの方も覚醒剤からの脱却のプログラムが終わりを告げようとしていた。 「よおし、良く頑張ったね。もう覚醒剤はいらないよ」 「でも、量を減らしてきたとはいえ、完全にやめても大丈夫でしょうか?」 「その心配はいらない。ここ一週間、覚醒剤は射っていないからね」 「え? でも昨日まで注射してたじゃないですか」 「注射したのは、ぶどう糖だよ。いわゆる精神治療の一貫だよ。とっくに身体的覚醒 剤からは脱却できていても、精神的にはなかなかその不安を取り除くことができない。 特に覚醒剤はそうなんだ。だから覚醒剤と偽ってぶどう糖を打ち続ける。その後で事 実を話してあげると、納得して安心できるというわけさ」 「そうでしたか……」 「ところで、退院ということになるのだが、住むところも働くところもないんだろ?」 「はい。祖父がいるんですが、裁判以降連絡がありません。たぶん勘当されていると 思います。そうでなくてもこの身体ですから戻るに戻れません」 「だろうな……。そこでだ。君にいい就職先を紹介してあげようと思う。社員寮もあ るから住む場所も心配しなくていい」 「ほんとうですか?」 「袖触れ合うも多少の縁というからな。あ、いかがわしい会社じゃないからな。安心 したまえ」 「ありがとうございます」 「これが紹介状だ。期日は今日なんだが行ってくれないか。相手も忙しい身でね。他 に時間が取れないんだ」 「でも、着ていく服がありません……」 「うん。身一つで入院したからな。服もこちらで用意してあるよ。後で看護婦が持っ て来てくれることになっている」 「何もかも……すみません」  こうして看護婦が用意してくれた、リクルートスーツ一式で身を固めて、その会社 へと足を運んだ。  駅近くの一等地に自社ビルを抱える一流の製薬会社だった。  それだけでも驚きなのに、まさか……、二次面接で社長室を訪れた時、そこに先生 が座っているなんて、本当に驚いた。  わたしは受付嬢としての辞令を頂き、早速その日から家具付きの社員寮に入る事が できた。入社祝いという事で、先生がポケットマネーを出してくれた。そのお金で衣 料品や日用雑貨品を買い揃える事ができた。  夢のような日々が過ぎていく。  さらには先生の尽力で、戸籍の性別変更が認められて、磯部響子という正真正銘の 女性になった。男性との結婚もできるようになった。  会社の顔である受付嬢の仕事は大変だったが、やりがいもあった。  十六歳の時から、飲みはじめた女性ホルモンのおかげで、完全な女性のプロポーシ ョンを獲得して、社内一の美人ともてはやされた。  そしてある日、倉本里美というわたしより美しい女性が入社してきた。  なんと! わたしと同じく先生から性別再判定手術を受けていたのだ。  しかし、ほとんど強制的に知らないうちに手術を施されという。  聞けば、あの研究所員が発明したという、ハイパーエストロゲンとスーパー成長ホ ルモンを注射されて、たった一日で豊かな乳房になってしまったというじゃない。あ の話しは、ほんとだったんだと再認識した。  そういうわけで、女性に成り立てて、まったく何も知らなかった。普通の性転換者 は、女装や化粧を身に付けて、しっかりと女性の姿でいることに自信を持てるように なってから、手術を受けるものだ。  化粧の仕方も、生理の手当てすらも知らない初な女性。それが里美だ。  わたし達は、一緒に暮らすようになって、女性としての教育を里美に教え込んでい った。もともと素質があったのか、彼女はまたたくまに女性的な言葉や仕草を修得し ていった。  わたしより二つ下で、共に生活しているうちに妹のように感じるようになっていた。 里美の方も、わたしを姉のように慕っているようだった。里美は本当に可愛い。  さらに渡部由香里が妹に加わった。  この娘は心身共に完璧な女性だ。その証拠に先生の息子で会社の専務である、英二 さんと大恋愛し婚約するまでになった。潔白の精神の下に清い交際を続けたあげくの ゴールだ。わたしも明人という旦那がいたにはいたが、それはセックスという行為で 結ばれたものだった。わたしと明人との愛をはるかに超越した、男女の真の愛の姿と いうものを感じさせてくれる。  他人も羨むほどの仲睦まじい関係なのだが、由香里の尻に敷かれている英二さんが 情けない。会社では営業成績断トツの営業マンで、威風堂々の専務なのであるが、由 香里の前では尻尾を振る飼犬に成り下がってしまう。  しかもこの二人、お酒にめっぽう強いのだ。うわばみと呼んでもいい。  英二さんがプロポーズした食事会のあの日。食事の後、二次会・三次会と称して飲 み歩いたのだが、わたしと里美がダウンし、わたしのアパートに戻っても、自宅にキ ープしていたボトル五本を空にするまで、飲み明かした。しかも翌朝、二日酔いでふ らふらのわたしと里美を尻目に、まったく平気な顔で出社していた。 「さあ、今夜は五次会だよお」  とか言って、酒と肴をごっそりと買い込んできたのには、さすがに参った。  婚約したのがよっぽど嬉しかったのだろうが、いい加減にしてほしいわよね。  なお念のために言っておくと、先生の手による性転換の実施日はわたしの方が早い が、女装歴については彼女の方が長い。つまりわたしが仮出所した日より以前に、睾 丸摘出の手術をされたらしい。  そして桜井真菜美……。  この娘は十六歳の高校生。  わたしたち三人とは違って、正真正銘の女の子。  自殺して脳死状態に陥ったが、さる男の脳を移植されて生き返った。  思えば、この男の捕物帳における囮役は、男性経験豊富なわたし以外には考えられ なかった。先生もそれを考慮して決定してくれたようね。  あまりにも悲惨なわたしの過去は、妹達には一切秘密にしている。  脳神経細胞活性化剤と女性ホルモンによって、脳の再分化が起こり女性脳に生まれ 変わったのだが、真菜美ちゃんは記憶喪失状態。しばらくは元の男性の意識体がバッ クアップしてくれていたようだが、今は深層意識の奥底に潜り込んで表には出てこな いそう。  これから体験し記憶する事が新たなる人格形成となる。  わたし達は、この娘の成長を温かく見守る事にしている。  これまでのわたしは、波乱万丈というめまぐるしい人生模様が繰り広げられていた。  わたしの人生は、常に性行為という男女の絡みが付きまとっていた。  覚醒剤に翻弄された人生。わたしと明人の母親。わたし自身も危うくその毒牙に犯 される寸前にあった。  血液型では、両親を仲違いさせる原因となったが、明人の命を救った。
     
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