特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(五十八)性転換薬  その勧誘員を運び込んだ部屋は、産婦人科で使われるあの診察台のある部屋だった。 「手伝ってくれ。こいつを診察台に乗せるんだ」  言われるままに勧誘員を診察台に乗せるのを手伝う二人。 「そうしたら、こいつの手足を台に縛り付ける」  両腕を台に縛りつけ、両足を足台に乗せた状態にして、動けないように固定する。 「よし、準備完了だ。目を覚まさせよう」  薬品棚から瓶を取り出して、ガーゼに含ませている。 「気付け薬ですか?」 「そういうこと」  そのガーゼを勧誘員の鼻先に近づけると……。 「ううっ!」  といううめき声を上げて目を覚ました。 「こ、ここはどこだ?」  開口一番、ありきたりな質問だった。  まあ、それ以外には言いようがないだろうが。  そして診察台に固定されていることに気づいて、縛られている状態から抜けようと して盛んに身体を動かしていた。  しかし無駄な行為だった。 「とある病院だよ」 「俺を、どうするつもりだ?」 「貴様が売春婦の斡旋業をしていることは判っているのだ。若い女性を『アイドルに してあげよう』とか言葉巧みに誘い込んで、強姦生撮りビデオを撮影していた。そし て、その後には売春組織に売り渡していたこともな」 「そ、それは……」  図星を言い当てられて言葉に窮する勧誘員。 「これまでに侵した罪を償ってもらうことにする」 「な、何をするつもりだ?」 「強姦された挙げくに売春婦にされてしまった罪もない女性たちの苦しみをおまえに も味わってもらうことにする」 「どういうことだ」 「おまえを女に性転換して、売春婦として一生を惨めに生きてもらうのさ」 「性転換だ……。売春婦だと? 馬鹿なことを言うな」 「信じたくもないだろうがな……」  と言いながら再び薬品棚から別な薬剤の入ったアンプルを持ち出してくる黒沢医師。 「さて……。これが何か判るか?」  アンプルを取り出して、その中の薬剤を注射器に移している。 「な、なんだ?」 「究極の性転換薬だ」 「性転換薬だと? 嘘も休み休み言え!」 「信じられんだろうな。だが、明日の朝になれば真実かどうか判る。その目で確認す るんだな」  その声は相手を脅すには十分過ぎるほどの重厚な響きを伴っていた。 「や、やめてくれ!」  診察台に縛り付けられて、どこからともなく漂ってくる薬剤の匂い。明らかに病院 の中だと判る場所。  そんな所で言われれば、さすがに本当なのかと思い始めているようだった。 「た、たのむ。何でも言う事を聞く。組織のことも喋る。おまえら警察だろう?」  勧誘員の声は震え、懇願調になっていた。 「無駄だよ。お前の運命は決まってしまったんだ」 「本当だ。嘘は言わない。組織のことを喋る。おまえらそれが知りたいんだろう?」  しかし、冷酷な表情を浮かべて、押し殺すような声の黒沢医師。 「諦めるんだな」  そいういうと、注射を勧誘員の腕に刺した。 「やめろー!」  黒沢医師が止めるはずもなかった。  注射器のシリンダーが押し込まれ、薬剤が勧誘員の体内へと注入されていく。 「い、いやだ……やめて……くれ」  勧誘員の声が途切れ途切れになり、そしてそのまま意識を失ってしまったようだ。 「どうしたんですか?」  真樹が近づいて尋ねる。 「薬剤の中に睡眠薬を入れておいた。明日の朝まではぐっすりだ。逃げられないよう に、このままの状態で置いておく」 「睡眠薬? 性転換薬じゃなかったのですか?」 「睡眠薬も入っているということだ。性転換薬というのは本当だ」 「冗談でしょう?」  真樹は麻薬取締官であると同時に薬剤師でもある。  現在市場に流通している薬剤のことならすべて知っている。  性転換薬など、許認可されてもいなければ、開発されたという噂すら聞いたことも ない。 「私の運営している会社は知っているだろう?」 「もちろんです。医者は副業、本職は薬剤メーカーの社長さんですよね」 「その通りだ」 「まさか、開発に成功されたのですか?」 「いや、奴に射ったのは試験薬だ。人間に投与しての臨床試験に入っていない」 「まさか、この男で人体実験を?」  敬が核心に触れるように言った。  意外なところで他人の心を読み取ることがある。 「あはは、その通りだ。何せ、臨床試験しようにも、出来る訳がないだろう? 女に なりたいという人間は数多くいても、どうなるかも知れない怪しげなる薬を試してみ ようという人間はいないさ。もっと確実に性転換できる手術が発達しているからな」 「なるほど……」 「明日の朝っておっしゃってましたけど……」 「ああ、動物実験から類推するに人間なら一晩で可能なはずだ」 「本当にできるのでしょうか?」 「だから、人体実験だよ。明日が楽しみだ」  といって笑い出す先生だった。 「そんな……」 「まあ、興味があって成果を見たいなら明日来てみるんだな。成功か失敗か、いずれ にしても面白いものが見られるはずだ」 「見に来ます! 乗りかかった船ですよ。最後まで見届けたいです」 「いいだろう。明日の午前九時にきたまえ。囮捜査のことで、明日も出勤日ではない のだろう」 「はい。明日の九時ですね。必ず参ります」  というわけで、奇妙なる性転換薬というものの存在を知り、もっと早くこれが完成 していて自分がそれを使うことが出来ていたら……。  心底そう思う真樹だった。
     
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