特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(五十七)去勢手術  黒沢医師の言った【あそこ】とは、黒沢産婦人科病院の地下施設である。  いわゆる闇病院として非合法的な治療を行っている。 「お、重いよお」  男達を運ぶのを手伝われる真樹。  敬が上半身を支えて、真樹が足を持って、黒沢医師が持ってきた患者用移送ベッド に乗せている。真樹に万が一のことがあった時のために用意していたようだ。 「なさけないなあ……。これくらいで根を上げるとは」 「なによお。わたしは女の子なのよ、少しは気遣ってよ」  幼少の頃から女性として暮らしてきた非力な真樹にはつらいものがあった。  体格は完全に女性の身体つきをしているのだ。  筋肉よりも脂肪の方が多く、腕を曲げてみても二の腕に力こぶすらできない。 「へいへい。確かに女の子でしたね」  敬もそのことは良く知っているが、ふざけて言っているのである。 「もう……」  ふくれっ面を見せる真樹。 「おいおい。いちゃついてないで、早く運んでくれ」  黒沢医師がせっついている。 「いちゃついてないもん!」 「判った。判ったから早くしてくれ」  ともかく部屋から地下駐車場までの間を、四人分都合四回もエレベーターの昇降を 繰り返す。途中数人の通行人と鉢合わせたが、こういう所に出入りする人間は、事な かれ主義のものが多いので、いぶかしがりながらも黙認するように態度をみせて、そ れぞれの目的の場所へと移動していく。最悪となれば、二人が持っている警察手帳を 見せればいいのだ。  地下駐車場には、黒沢医師の助手が救急車で迎えに来ていた。 「よし。無事に運び終わったな」  何とか男達を救急車に乗せ終わった。 「それじゃあ、先生。わたしはここで帰ります」  美智子が別れることになった。  真樹の救出を終えたところで用事は済んでいた。 「悪かったね。こいつらからアジトを聞き出したら、またお願いするかもしれないの で、その時はよろしく」 「判りました。麗華様にはそう伝えておきます。では」  レース仕様の重低音のエンジンを轟かせながら、美智子の運転するスーパーカーが 立ち去っていった。 「それじゃあ、私達も行くとしよう」  黒沢医師の言葉を受けて、男達と一緒に救急車に乗り込む。  前部の運転席には助手と先生とが座り、後部の救急治療部に適当に寝転がせた男達 と敬と真樹が乗り込んだ。 「狭いわ」 「我慢してくれ。すぐに着くから」  救急車である。  当然サイレンを鳴らしながら走り出す。男達が目を覚ます前に目的地に到着しなけ ればならないからである。  赤信号を注意しながら走りぬけ、混んでいる道も反対車線を難なく走り続けていく。  そしてものの十数分で目的地に到着したのである。 「さすがに救急車だわ、早いわね。急用があったら乗せてもらおうかしら」  事も無げに真樹が言うと、敬がたしなめるように答える。 「あのなあ……。無理言うなよ」 「言ってみただけじゃない」 「お帰りなさいませ」  病院に勤務する医師や看護婦が出迎えていた。 「先生、手術の準備は完了しています」 「よし。男達を降ろして中へ運び入れる。裸の二人とこいつは睾丸摘出して、例の場 所へ移送してくれ」 「判りました」  先生が指示したのは男優二人とカメラマンだった。  どうやらここにいる医師団によって分業で同時に手術するようだ。 「たまたま……取っちゃうんですか?」 「ああ、これまでの悪行の罪を償ってもらう。盗聴していた会話を聞いていれば、罪 のない素人の女性を無理矢理強姦生撮りAV嬢に仕立て上げたり、散々な酷いことを 重ねていたようだからな」 「例の場所ってどこですか?」 「決まっているだろう。玉抜きした人間の行き着く場所は一つだよ。裏のゲイ組織で 働いてもらうのさ。まあ、よほどのことがない限り、そこから出ることはできないだ ろう」 「ちょっと可哀想ね」 「同情かね。敬が飛び込まなければ、こいつらに犯されていたんだぞ」 「そ、それは……」  言葉に詰まる真樹。  法の番人の警察官として、ちゃんと裁きに掛けるのが筋だと思っているからである。 このような私刑というべき行為は許されていないのではないか……。 「私は、こいつを担当する」  指差したのは、真樹をあの雑居ビルに連れ込んで、AVビデオを撮ろうとした勧誘 員だ。男達のリーダー的存在だった奴。 「やっぱり、たまたま取っちゃうのですか?」 「いや、こいつには別の手段を使う。何せ、売春組織のことを洗いざらい吐いてもら わなければならないからな。組織のことを知っているのは、こいつだけだろうから な」 「どんな手段ですか?」 「まあ、見ていたまえ」  そう言って、含み笑いを浮かべたかと思うと、勧誘員を乗せた移送台を押して病院 の中へと入っていった。  真樹と敬もその後に続いて行く。
     
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