特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(三十九)おとり捜査  というわけでおとり捜査の決行日となった。  船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアター。  目印のピンクのツーピーススーツ姿にて、前列から7列目の一番右側の席に腰掛け て、合言葉を掛けてくる相手を待つ。  運び屋が来るか、本人が直接来る。  それとも……。  ふと周囲に異様な雰囲気を感じた。  息をひそめこちらを伺っている気配。  それも一人や二人ではない。  逃げられないように出入り口を確保しているようだ。  やはり、そういう手でくるのね……。  一人の男が近づいてきた。  本人は気配を隠しているつもりだろうが、明らかに刑事の持つ独特の雰囲気を身体 に現していた。 「お嬢さん、お船はお好きですか?」  合言葉であった。 「ええ、世界中の海を回りたいですね」  合言葉で答える。  すると右手を高々と挙げて、周りの者に合図を送った。  ざわざわと集まってきたのは刑事であろう。 「そこを動くな!」  拳銃を構えた男達に囲まれていた。  明らかに刑事だった。  制服警官の姿もあった。  まわりを取り囲まれていた。 「やはりね……」  端から取引をするつもりはないのだろう。  麻薬密売取り引きの現行犯で逮捕しようというのだ。  わたしを逮捕し、取り調べながら入手ルートを聞き出して、直接相手と交渉するつ もりだったのだ。  それでなくても、奴には警察が押収する薬物を横流しする手段もあるから、 「持ち物を調べさせてもらう」  一人がわたしの脇においてあった鞄を開けて、中を調べ始めていた。  いくつかの透明の袋に入れられた白い粉末。  もちろん本物の覚醒剤である。  警察官はその一つを開けて、検査薬キット(シモン試薬及びマルキス試薬と試験管 のセット)で調べ始めた。  それは、試薬と覚醒剤を混ぜると反応して変色するというものである。学校の化学 の授業で、アンモニアとフェノールフタレイン溶液を混ぜて、アルカリ性を確認した ことがあるだろうが、それと同じ論理である。  以前はシモン試薬のみで行われていたが、抗うつ剤や脱法ドラッグにも反応すると いうことで、現在は複数の試薬で行って確実性を高めるようになっている。  試薬を入れた試験管の色が陽性を示していた。  それを声を掛けてきた男に見せていた。 「君を覚醒剤密売の容疑で逮捕する」  パトカーで警察署に運ばれるわたし。  女性警察官が終始そばについていた。  男性警察官の場合、「肩を触ったわ。セクハラよ」と訴えられる可能性があるから である。容疑者にも当然人権がある。  警察署裏口についた。  職員や容疑者などはそこから署に入ることになっている。  手錠を掛けられたまま取調室へ向かう。  女性の場合は手錠を掛けない場合もあるが、覚醒剤密売という重罪を犯しているこ とから、手錠は掛けられたままであった。  途中で、敬とすれ違う。  言葉は交わさなかったが、 「うまくやれよ」  とその瞳が語っていた。  取調室に到着する。 「局長が取調べを行うそうよ。しばらく待っているように」  女性警察官はそう言った。  部屋の中央にある対面式の尋問机? の片側の椅子に腰を降ろす。  部屋の中には、今のところ女性警察官が二人。逃げられないように戸口を塞いでい た。  やがて局長が姿を現した。 「君達は外で待機していてくれたまえ」  扉のところに立っていた女性警官に命令する局長。 「ですが……」  容疑者といえども女性となれば、必ず女性警官が立ち会うことになっていた。  意義を唱えてみても、 「出て行きたまえ、聞こえなかったのか」  と、強い口調で言われればすごすごと出て行くよりなかった。  二人の女性警官が退室するのを見届けてから、口を開く局長だった。 「さて、まずは名前・生年月日から聞こうか」 「そんなことよりも、覚醒剤の入手先をお知りになりたいんじゃなくて?」 「それもそうだが、一応決まりだからな」 「決まりと言いながら、女性警察官を追い出したのはどうしてですの? まさか、わ たしを女装趣味の男性とでもお思いになれたのですか」  例の女装仲買人のことをほのめかす。  局長の顔が一瞬引き攣ったようだが、 「いや、君を見れば本物の女性だと判るよ。女装者にはない、気品が漂っているから ね。正真正銘のね」  まあ……生まれたときからずっと、女性として育てられたものね。  言葉使いから仕草から、徹底的に母から教えられた。 「ただ他に聞かれたくない内容になりそうなのでね」 「そうでしたの……いいわ。名前は、斉藤真樹。誕生日は……」  素直に自分の身分を明かしていく。  どうせ持っていた運転免許証を見られているんだ。  隠してもしようがない。 「さてと、決まり文句が済んだところで本題に入ろうか」  局長の目つきが変わった。  警察官と言うよりも、検察官に近いそれは、「言わなければどうなるか判っている な」と語っている。 「入手先だよ」  やっぱりね。 「その前に昼食にしませんか? まだお昼食べていませんの」 「ふふん。さすがに、麻薬取り引きしようというだけあって、性根が座っているな。 いいだろう、食べさせてやろう」 「ありがとうございます。それじゃあ……」  というわけで、この当たりで一番手軽でお待ち帰りできるファーストフードを注文 する。
刑事ドラマやアニメなどで、白い粉をペロリと舐めて「麻薬だ!」というシーンが登 場しますが、あれはフェイクです。万が一「青酸カリ」だったりしたらあの世行きで すから、麻薬取締官や司法警察官はやりません。 名探偵コナン「ピアノソナタ月光殺人事件」やシティーハンター「冴子の妹は女探偵 (野上麗香)」の回などが有名ですね。 羊蹄丸は、2011年の閉館後に解体されました。
     
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