特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)
(十七)CD−R
ある日の事だった。
「お母さん、ただいま」
大学から帰ると母が伝えてくれた。
「お帰り、真樹。あなたにエアメールが届いているわよ。お部屋に置いてあるけど、
ニューヨークから」
「ニューヨークから?」
「ええ。CD−ROMとか文字が書いてあったわよ」
「CD−ROM?」
ニューヨークから何だろう。
真樹さんに関係あることかな。
ニューヨーク観光していたから、何か取り寄せで音楽CDでも買ってたのかな。
部屋に戻って早速机の上のエアメールを開いてみた。送り主には見覚えがなかった。
「何これ?」
封を開けてみると、どうみても音楽CDではなかった。
手作りのそれもCD−Rだった。
ノートパソコンを起動してCD−Rをマルチドライブに挿入する。
あ、このノートパソコンは父親におねだりして買ってもらったものだ。
父親は本当の娘として接してくれていた。おねだりしてそれが妥当な品だったら買
ってくれるやさしい父親だった。
以前の真樹が使っていたパソコンもあったのだが、WIN95のMMXーPentium133(1.
2GB)では、時代遅れも甚だしい。今時のソフトは起動も出来やしない。最新のPentiu
m-4 2.2GHz(60GB)DVD/CDマルチドライブ搭載に買い替えてもらった。
ドライブが軽い音を立てて回りだしたかと思うと、パスワード入力画面が現われた。
「パスワード?」
エアメールの包みを調べてみたが、パスワードが記入されたようなものはなかった。
「そうだよね……パスワードと一緒にCD−R送ったら、パスワードの意味がないも
のね。しかし困ったわね……パスワードか……」
その時脳裏にあるパスワードが浮かんだ。
あたしが敬との交信に使っていたパスワードだった。
「まさかね……でも、他にどうしようもないし……」
試しにそのパスワードを入力してみる。
「え? うそおー!」
CD−Rが再び音を立てて回りだしたと思ったら映像が浮かび上がり、音声が流れ
てきた。
『やあ、薫……いや、今は斎藤真樹になってたんだな。真樹、俺は生きている。元気
だ……』
敬!
懐かしい敬の姿と声だった。
「敬が生きていた……」
嬉し涙が止めどもなく流れた。
声は続く。
『俺は今、とある特殊傭兵部隊にいる。俺を狙っている組織から逃げるために、傭兵
部隊に入ったんだ。車を隠すなら車の中というように、狙撃者から逃げるには、こっ
ちも狙撃者になったというわけさ。ニューヨーク市警の本部長狙撃事件の事は知って
いるか? あれは俺の仕業だ。真樹が死んだと思っていた俺は、仇を撃つために奴を
高いビルの上から狙撃したんだ。へへえ、俺は今じゃ一流のスナイパーだぜ。もっと
もそれなりに苦労はしたがな。傭兵としての契約期間はあと一年ある。一年経ったら
おまえを迎えにいく。今でも俺を愛してくれていたなら、丁度一年後の今日、はじめ
ておまえとデートした思い出の場所で待っている。そしてもう一度コンビを組んで働
きたいものだ。もし来なかったらしようがない、他に好きな男性ができたか俺に愛想
をつかしたと思って、アメリカに戻り傭兵部隊に再入隊し、どこかの戦場で戦死する
まで戦いの日々を送る事になると思う。それじゃあな、どっちにしても元気で暮らし
ていてくれ。以上だ……なおこのCD−Rは自動的に消滅……しないから適当に処分
してくれ』
もう……相変わらず使い古したギャグ言ってるんだから……。
はじめてのデートの場所か……。
敬とは幼馴染みだから、小さい頃からいろんな所へ二人で遊びに行ったものだが、
改めてはじめてのデートと呼べるのは、お台場海浜公園からパレットタウンへ。その
中でも一番思い出深い、大観覧車での夜景を眺めながらのファーストキッスだった。
そして生涯を共にしようと誓い合った。
「ねえ、また一緒に来ようね」
「そうだな……。なあ、薫」
「なあに」
「薫さえ良ければ、生涯を共に添い遂げないか? 正式な結婚はできなくても一緒に
暮らす事はできるだろ?」
「本気なの!?」
「いやか?」
「ううん、いやじゃない。嬉しいの。一生敬に付いていくわ」
プロポーズだった。
やはり逢い引きの場所は、パレットタウンの大観覧車前で、時間は二人が乗った午
後八時とみるべきだろう。
などと考えているとCD−Rが再び読み込みをはじめた。
「今度はなに?」
『真樹くん、元気かね。君の蘇生手術をした黒沢だ。新しい臓器は正常に機能してい
るか? そして新しい環境には慣れたかね?』
え? なんで先生が、敬の送ってよこしたCD−Rに記録されているのよ。
『君が言っていた敬くんを探すのに苦労したよ。まさか傭兵部隊に潜り込んでいたと
はね。君から聞いていた彼の性格から、仇を討つために市警の本部長を暗殺するだろ
うと、縄を張っているところに、彼が引っ掛かってやっと捕まえる事ができたよ』
そうか、先生が敬を探し出してくれたんだ。
『私も敬君と同じくらいの頃に、日本に帰国できると思う。その時にまた連絡する。
移植手術をした医師として、その後の君の身体の状態を診断する義務があるからな。
まあ、そういうわけだが、このCD−Rを破棄する時は、再生できないように破壊し
てからにしてくれ。なにせ敬が市警本部長を狙撃した証言が入っているからな。万が
一人手に渡ってデータを読み取られたら事件になる」
確かに先生の言っていることは理解できた。
そうか……二人とも一年後には帰ってくるのか。
それまでには、女を磨いておいて驚かしてあげたいな。
ふとそう思った。