特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(十六)水入らずな時間  長い話が終わった。  ニューヨークでの事、斉藤真樹として帰国し、今は斉藤家の長女として不自由なく 暮らしている事。 「そう……。そういうわけだったの」 「うん。今はそのご両親の娘の真樹として暮らしてる。そして、お母さんが、実の母 に会って無事でいることを話してきなさいとおっしゃってくださったの」 「その方もできた人なのね。自分の本当の娘が亡くなって哀しいはずなのに、あなた を実の娘として迎えてくれるなんて」 「だから今後もそのお母さんと一緒に暮らして、親孝行していくつもりなんだ。母さ んには悪いと思うけど」 「当たり前じゃない。その方の娘さんの命を貰ったんだから、親孝行して恩を返さな くてどうするんですか」 「うん……。でも時々は電話するよ」 「そうね、そうして頂戴。元気な声を聞けるだけでも安心できるから」  姿形は代わっても、母娘の情愛には隔たりはなかった。  どんな事でも許し、どんな事でも共感しあう。  これからも母と娘という関係は続くのである。 「ところで、敬から連絡とかきてなかった?」 「きてないわ。たぶん敬くんのお母さんの方にも連絡はないみたいよ」 「そうか……」 「でも、あきらめちゃだめよ。わたしが、薫は必ず生きているとずっと信じていたか ら、こうして帰ってきてくれたの。あきらめない限り、運命の女神がいつかどこかで、 その願いをかなえてくれると信じるの。いいわね」 「判ってるわ。自分がそうだったから、遺体を見せ付けられない限り、信じてずっと 待ってる。約束だもの、必ず迎えにきてくれる」 「そうよ。それでいいのよ」  実家での実の母娘の水入らずな時間は瞬く間に過ぎて行く。  名残惜しさを胸いっぱいに、実家を後にした。 「どうだった? ご両親、生きてたと判って、涙流して喜んでいたでしょ?」  家に帰ると、母がやさしく微笑みながら出迎えてくれた。 「はい。でも、父とはまだ会っていないんです。まだ帰っていなかったので。母が申 しますには、肉体的精神的に強い絆で結ばれている母娘と違って、父親というものは なかなか娘とは折り合えないだろうと、今日は取り合えず会わずに帰ることにしまし た。これから少しずつ生きていることをそれとなく気が付かせるようにして、父がぜ ひ会いたいという意思が固まった状態で再会した方がいいだろうという事になりまし た」 「そうですねえ。真樹とお父さんのことを考えれば、確かに納得しますね。母娘と違 って父娘は、どこか隔たりがありますから」 「同性ということもあるでしょうし、やっぱり母娘はへその緒で繋がって産まれてく ることにあるんですかしらね」 「そうでしょうね」  納得する母娘であった。 「これからもたまには帰ってあげなさいね」 「いいんですか?」 「当たり前ですよ。あなたには二人の母がいるんだから。それぞれ平等に親孝行しな くちゃいけないの。もちろん今のあなたの母はわたしですからね。それさえ忘れてい なければ、会いたくなったら日帰りならいつでも帰って結構よ」 「ありがとうございます」  真樹と今の母とは、実の母娘以上に親しい間柄になっていた。  何でも気を許しあい、心と心が通じ合っていた。  斉藤真樹としての居場所がここに確かにある。  それを心に踏みとどめ、二人の母親への親孝行を忘れないように、日々の暮らしを 続けている真樹だった。
     
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