第六章
V ミスト艦隊  トリスタニア共和国デュプロス星系内を航行するフォルミダビーレ号。  海賊基地のある国際中立地帯から、トリスタニア共和国に入った最初の恒星系 であるデュプロスは、太陽系木星に比して、実に二十倍もの質量を持つ巨大惑星『カリス』と『カナン』を従えている。  カリスには衛星ミストがあり、国境を守る辺境警備艦隊が配置されている。 「惑星カリスによるスイングバイ(重力アシスト)は順調に推移しています」  リナルディ副長が報告する。  アンツーク星への長旅において、燃料節約のために惑星による重力アシスト (Gravity Assist; GA)で加速して時短を図る。  カリスの平均公転軌道速度は36.37km/s。重力アシスト加速の期待値は、相対 質量比は無視できるので、およそ90%程度と推定され、最大32.741km/sの加速度 が得られる。 「このまますんなりと通過できればいいのだがな」  アーデッジ船長の危惧は実現する。  前方に衛星ミストから発進した警備艦隊が出現したのである。 「前方艦隊より入電しています」 「繋いでくれ」  正面スクリーンに人の姿が映し出される。  スクリーンの人物が警告する。 「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴船は、我々の聖域を侵害し ている。所属と指揮官の名前を述べよ」  国際中立地帯からトリスタニア共和国へと最初に訪れることになるデュプロス 星系を通過する船、旅客船や商船などは事前に通行許可を得てから入域するとい う手続きがある。  許可なく無断で入域したフォルミダビーレ号に対して、臨検が入るのは当然だ ろう。 「いかがいたしますか?」  リナルディ副長が耳打ちする。 「トリスタニア共和国に対しては、これまで海賊行為をしたことがない。ただ通 過するだけだし、ゆえにここでは我々は民間船ということになる」 「そうは言っても、この船は艤装されていますから、民間船だとは思ってはくれ ないでしょう」 「だよな。しようがねえ、さっさととんずらを決め込むとしよう」 「通信に何と答えるのですか?」 「通過通航権を訴える」  すべての艦船および航空機が、国際海峡の航路を、もっぱら継続的かつ迅速に 通過するために航行および上空飛行の自由を行使する権利を、通過通航権という。 『馬鹿な。ここは国際海峡ではない』 「そうか……。なら強引に通らせてもらいましょう」 『なんだと!』  通信端末を切るアーデッジだった。 「機関最大、光子帆を展開させろ! 全速力で逃げるぞ!」 「了解! 全速力で逃げます」  速度を上げるフォルミダビーレ号。  その目前に立ち塞がるミスト艦隊。  だが、両者には決定的な違いがあった。  恒星間航行のできる宇宙船であるフォルミダビーレ号に対して、ミスト艦は巨 大惑星の強力な重力に逆らって動ける惑星間航行艦であった。  いわば速度優先の競走馬と、馬力優先の荷役馬といってよいだろう。  重力アシストで速度を上げていたフォルミダビーレ号とは桁違いの速度差があ るミスト艦隊。  フォルミダビーレ号は、ミスト艦隊の艦と艦の間を高速ですり抜けてゆき、ミ スト側の砲雷撃戦を不可能にしていた。同士討ちとなるからである。 「まもなくすれ違いを完了します」  ウルデリコ・ジェネラーリ航海長が報告する。 「進路そのまま。敵艦隊の艦尾発射ミサイルを警戒しつつ、全速力で駆け抜けろ!」  すれ違いを終えて、両者が離れつつあった。 「すれ違い完了。進路そのまま、全速力離脱!」
     
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