第三章
Ⅱ 戦闘回避  リンディスファーンb星の低軌道を航行しているフォルミダビーレ号。 「敵船の位置は?」  アッデージ船長が尋ねると、 「丁度惑星の反対側を航行中です。速度変わらず」  ルイーザが答える。 「このまま行けばおよそ六十分後に会敵できます」  アレックスが伝えると、 「副長のデータを確認しました」  ウルデリコ・ジェネラーリ航海長が確認した。 「副長は、暗算で軌道計算をしたのかね?」  感心する船長。 「はい。簡単な計算ですから」  他のオペレーター達も同様に感じているようだった。 「ふむ。先ほどのことと言い、見習いにしておくには惜しいな。今から見習いを 卒業して正式に副長として任についてくれ」  船内から「ほー」という感嘆の声が溢れた。 「分かりました。務めさせていただきます」 「よろしくな」  フィオレンツォ・リナルディ副長が、アレックスの肩を叩いた。  こうして正式な副長に就任したアレックス。  リナルディーは正副長兼船長代理として、アーデッジ船長が休息などで席を外 している時に指揮を執る。 「まもなく遭遇します」  アレックスが報告し、船長が下令する。 「総員、戦闘配備!」  船内では、モレノ・ジョルダーノ甲板長が戦闘機への搭乗を促していた。  エヴァン・ケインが戦闘機に乗り込む。 「大丈夫か?」  ジョルダーノが声を掛ける。 「任せてください」  元気よく答えるケイン。  パイロットが全員乗り込んだことを確認して、 「戦闘機、発進準備完了しました」  端末で連絡を入れるジョルダーノ。 『了解。誘導員は総員退避せよ』  管制室から応答があり、船内の空気が抜かれてゆく。 「頑張れよ。俺は砲台から援護する」  甲板長であり砲手でもあるジョルダーノはそういうと待避所へ走ってゆく。  船橋、アレックスが報告する。 「総員、戦闘配備完了しました」 「そのまま待機せよ」  戦闘体勢が完了し、敵船へと近づいてゆくフォルミダビーレ号。  やがて、その行く手に敵船が姿を現した。 「敵船確認!」 「主砲発射準備!」  緊張がマックスになった時だった。 「待ってください!」  レンツォ・ブランド通信士が叫ぶ。 「相手船より入電! 味方です!」 「味方だと?」 「相手船の確認完了。レ・ウンボルト号です!」 「ガスパロ・フォガッツィの船か?」 「間違いありません」  攻撃されて興奮していたし、海賊船には軍艦に搭載されているような味方識別 信号装置など付いていない。  冷静さも欠けていたから確認を怠っていたようだ。 「繋いでくれ」 「繋ぎます」  ブランド通信士が端末を操作すると、船長の手元のモニターに相手の姿が映し 出された。 『よお、大丈夫だったか? こっちの魚雷長が間違って発射しちまってな』 「そうでしたか……」  と返答したが、意図的に攻撃を仕掛けてきたのは明白だった。  舌打ちしながらも、丁寧に言葉を選ぶ。 「誰しも過ちはあるものです。お互いに気を付けましょう」 「そうだな……。ところで君たちは、例の船を捜していたのだったな。まさか、 この惑星にあるのかな?」 「いえ、あらゆる星を調査しているので、この惑星に立ち寄っただけです」 「そうか……。ま、頑張りな」  通信が途切れた。  憤慨するオペレーター達だった。 「よく言いましたよね。間違ったなんて」 「そうですよ。確実に狙って撃ってきました。退避行動しなければ当たっていま した」 「正確に目標ロックしてました」 「船長は、どうして言い返さなかったのですか?」  口々に不満を漏らしていた。 「まあ、そういきり立つな」  ガスパロは曲がりなりにも海賊組織の幹部であり、一級下のクラス「ソルジ ャー」のアーデッジには楯突くことができない相手なのである。  下手をすれば、あることないこと並べ立てて糾弾されるのは必至である。  そもそも彼が悪意を持つに至った理由は簡単である。  アーデッジが海賊頭領のアッカルドと懇意にしていることが気に入らないので ある。  ボス(頭領)に直に会えるのはカポ・レジーム(capo regime、幹部)のみの はずなのに、頻繁に面会を許されている。  幹部やアンダーボス(若頭)を通り越してコンシリエーレ(consigliere、顧 問)を任されるのでないかと噂もされている。  次のアンダーボスを狙っているガスパロにとって、目の上のたん瘤なのである。
 豆知識  軌道を回る人工衛星を加速させると、より高高度軌道へと移行するが、周回軌 道を回る限りその速度は遅くなる。  加速すると遅くなるという不思議な現象が起こる。  具体的には、低軌道を回る衛星の速度は秒速8km「第一宇宙速度」ほどであ るが、高軌道である静止衛星は秒速3kmほどとなっている。  これはフィギアスケーターがスピンする時に、大きく手足を広げて回転をはじ めてから、手足を窄(すぼ)めると高速で回転できる事と似ている。  加速の運動エネルギーが、位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)に変換 されるからである。周回軌道上における加速とは、位置エネルギーを加えると理 解すると良い。  地球上で高さ h にある質量 m の物体が地表まで任意の経路に沿って落下する ときに,重力加速度を g とすると,重力がこの物体に対して行う仕事は mgh , この間に物体は他に対して mgh だけの仕事をすることができる。 mgh を重力の 位置エネルギーという。  低軌道を回る物体よりも、高軌道を回る物体の方が、位置エネルギー(ポテン シャルエネルギー)が高いということを理解する必要がある。  衛星軌道を回る人工衛星は、ただ回っているのではなくて、地球の重心に向か って重力加速度gを受けて、地球の丸みに沿って永遠に落下し続けている。
     
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