第十章 氷解
EPILOGUE  結局事件は公表されることなく、第一捜査課の事件簿に記入されるだけで終わった。  ミシェール・ライカー少尉及びカテリーナ・バレンタイン少尉は共に戦死扱いにさ れた。  こういうことは艦隊運営においてはよく行われることであった。本人に何ら悪意や 過失もなく事故死したり殺害された場合、温情的に処理される。 「まあ、遺族の事を思ってのことだが……」  そう、戦死なら二階級特進で遺族恩給に上乗せされるが、殺人ならそれが何もない。 遺族にとっても、殺された怨念を一生涯心に残して暮らすよりも、世の為に身を投じ て殉職したと思ってくれた方が、はるかに精神的に良いに決まっている。  両名の戦死報告書にサインをしてレイチェルに渡すアレックス。キャブリック星雲 不期遭遇会戦において重傷を負い、治療のかいなく亡くなってしまったというものだ った。  死んだ者をいつまでもくよくよと考えてもはじまらない。  アレックスは気持ちを整理して、部隊司令として命令を下す。 「カラカス基地はもうすぐだ。まもなくスハルト星系を通過する。カインズ少佐は、 星系周辺に展開して哨戒作戦に入れ。残る部隊は、そのまま進行。伝達せよ」 「了解!」  すぐさま命令が各部隊指揮官に伝えられた。  哨戒の為に、スハルト星系周辺に展開をはじめるドリアード以下のカインズ部隊。  とある一室。  暗い部屋の中で背中側を見せている人物の前に立つ男。 「これが潜入して手に入れた敵司令官の情報資料です。お問い合わせの品は持ち帰る ことは出来ませんでしたが、マイクロフィルムに収めて同封してあります。一応プリ ントアウトしてお手元に」  開封した資料から男のいうプリントを取り出してみる人物。 「これがそうか」  そこにはエメラルドの首飾りが映っていた。 「その首飾りにどういう秘密があるんですか?」 「お前の知ることではない!」  強い口調で叱責する声に驚いて後ずさりする男。 「へ、へえ……」 「ご苦労だった。この件が外部に漏れるようなことはないだろうな」 「抜かりはありませんぜ。共犯者は口封じしておきました」 「そうか。では、残りの報酬だ」  その人物は金貨の入った袋を差し出した。 「へへ。ありがとうごぜえやす」  男は袋を受け取ると、くるりと背を向けて袋を開けて中を確認しているが、次の瞬 間に苦痛に歪む表情を見せたかと思うと床にどうと音を立てて倒れた。  背後にはブラスターを片手に持った人物の下半身が見えていた。 「共犯者を口封じしなければならないような任務ならば、いずれ自分も抹殺されると いうことを察知できないとはな……金に目が眩んで、将来を見通せなくなる。おろか な奴だ」  こつこつという靴音を立てながら進み出て、床に倒れた男を跨いでドアに手を掛け る人物。つと振り向いたその顔にランプの光が映えて、深緑色の瞳が一瞬輝いてすぐ に消えた。  第十章 了
     ⇒第十一章
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