第二章 士官学校
II  時代は、アレックスがまだ士官学校に在籍していた頃に遡る。  士官学校スベリニアン校舎。  小高い丘の上にそびえ立つ校舎からゆるゆるとした坂となっている小道。道の両 側にはポプラ並木となっており、そこここの木陰には腰を降ろして本を読んだり、 数人集まって談笑している学生達が、昼休みの短いひとときを過ごしていた。  そんな中を、一人の女子学生が、人探し風にきょろきょろとあたりを見回しなが ら、足早に歩いている。やがて探していた人影を見つけたのか、アスファルトの道 から、生け垣を踏み越えて芝生の中へと踏みいっていった。 「やっぱり、こんなところでさばっていたのね!」  芝生の上で、帽子で顔を覆うようにして仰向けに寝入っていた人物がのっそりと 起き上がった。緑色の瞳を輝かせて来訪者の姿を確認すると、親しげな声でその名 を呼んだ。 「なんだ。ジェシカか」 「なんだ。ジェシカか、じゃないわよ。アレックスったら、また体育教練をさぼっ たでしょう。どうせどこかで昼寝してるんじゃないかと思っていたけど、やっぱり だったわね」 「で、わざわざ僕を尋ねてきた理由はなにかな」 「今日、模擬戦の指揮官が発表されるというのは知っているわよね」 「そういえば、今日だったかな。ということは決まったのか、模擬戦の指揮官」 「そうよ。聞いて驚きなさいよ」 「ふうん。驚くようなことなんだ」 「そうよ。誰だと思う?」  といいながら、アレックスの顔色を伺うジェシカ。 「なんか、意味ありげだな。誰なんだい」 「知りたい?」  なおもじらすようにすぐに答えないジェシカ。 「知りたいね」 「じゃあ、教えてあげる」 「うん」 「あたしの目の前にいる人よ」  といってアレックスの顔を刺すように人差し指を突き出すジェシカ。 「目の前って……この僕が?」 「そうよ」 「俺がか。落第すれすれの問題児が」 「ふふふ。驚いたでしょ」 「ああ、驚いたねえ」 「あたしも、発表を聞いた時は信じられなかったわ。でも事実よ」 「そっかあ……で、わざわざ知らせに来てくれたんだ」 「そうよ。その問題児を恋人に抱えているあたしとしては、これを機会に名誉挽回 してもらえるチャンスを逃して欲しくないのよね」 「名誉挽回ねえ」 「わかっているの? 今のままでは、卒業は難しいわよ。卒業できなかったら奨学 金も返さなくちゃいけないし、軍に入っても上等兵からよ」 「きびしいことを言ってくれるねえ」 「現実の問題じゃない。とにかく、校長がお呼びよ」 「校長が?」 「そうよ。模擬戦の話しがあるんじゃないかしら。はやく校長室へいかないと」 「わかった」 「ああ、それから。模擬戦の指揮官の副官として、パトリシア・ウィンザーが任命 されたわ」 「パトリシア?」 「あたしの一年後輩よ」 「君の後輩?」 「そうよ。成績抜群で席次ナンバーワンの秀才よ。きっと、あなたのいい補佐役を 務めてくれるわ」 「わかった」 「さあ、時間がないわ。はやく行きましょう」  二人は立ち上がると、校舎のある丘への道を連れ立って歩きだした。  士官学校戦術専攻科三年生のパトリシア・ウィンザーが、校内放送で自分の名前 を呼ばれて校長室を訪れると、主任戦術教官が同席しており、単なる学校用事で呼 ばれただけではないことを瞬時に見抜いていた。模擬戦闘の指揮官の人選について 最終決定権を有している人物であった。 「生徒会の仕事が忙しいところをわざわざ呼び立ててすまないね。まあ、掛けたま え」 「ところで、主任戦術教官がいらっしゃるところをみますと、模擬戦闘の件でしょう か」  パトリシアは応接セットに腰を下ろしながら尋ねた。 「うむ。流石にウィンザー君だ。察しがはやいな。およそ半年後に行われる今度の 模擬戦なのだが、当スベリニアン校舎からも精鋭の人材を選抜して、優勝を目指し てたいと思っている。君を呼んだからには、もちろん参加してもらいたいのだ」  パトリシアは、三年生では席次首席という優秀な成績を常に維持していたし、品 行方正で学生自治会役員に推薦で選ばれるほど生徒達からの信望も厚く、教官達か らも一目置かれている良い子であった。 「ありがとうございます。ですが指揮官はどなたを選ばれたのですか」 「それなんだが、アレックス・ランドールが選ばれた。つい先程、彼にそのことを 伝えたばかりだ」  主任戦術教官が答えた。 「あの……アレックス・ランドールって、あまり良い噂を聞いたことがありません が……」  パトリシアは、噂にきくランドールの怠惰な日常を思い起こしていた。 「そう……。遅刻常習だわ、体育教練は欠課するわ。ろくなことはないんだが」 「そのような方に、このような重要な任務を与えるのですね」 「確かに授業態度は最悪なのだが、君も知っての通り裏の学生自治会長とよばれる ほど、学生達からは人望厚く、人を集めて行動を起こす時の能力値は高い。なによ り学科の中では、戦術シュミレーションに関してだけはだんとつのトップだ。その 他の教科の分を埋め合わせてなんとか落第を免れているようだが」  パトリシアも学生自治会役員であるが、表の学生自治会長であるゴードン・オ ニールの裏で采配を振るっていることを知っている。采配といっても、文化祭や学 園祭、各種パーティーの主催において、出店などの縄張りや、施設の使用許可など の事実上の決定権を有していたのである。  また学期末などに提出される彼の戦術理論レポートは、誰もが考えつかないよう な独特で、一見実現不可能な作戦でありながら、実際の戦術シュミレーションでは 見事に仮想敵を撃破して満点に近い成績を修めているのであった。一度彼とシュミ レーション対戦したことがあるが、見事な戦術を見せられ完膚なきまでに全滅させ られてしまった。だからパトリシアも、彼の戦術理論だけは必ず目を通すようにし ていたし、さらに改良を加えることによって彼女もまた戦術シュミレーションで連 戦連勝を続けていたのである。しかし二番煎じであることは否めなかった。その彼 の副官として実際に模擬戦のメンバーに選ばれることは、彼の戦術理論を肌で感じ ることのできる最高の機会といえたのである。 「つまり授業の全体的な成績ではなく、彼の戦術能力に賭けるというわけですか」 「その通りだ。ここのところ隣のジャストール校舎に大きく水を開けられているか らね。ここいらで一矢を報いたいところなのだが、今年の四回生は頼りない奴ばか りで、致し方なくランドールを選ぶしかなかったのだ」 「致し方なくですか」 「そういうことだ。そこで彼一人では心細いので、君に副官として搭乗してもらい たくて呼んだのだよ」 「喜んで、搭乗しますわ」 「そうか、そう言ってくれるとありがたい」
     
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