銀河戦記/鳴動編 外伝
エピソード集 ミッドウェイ撤退(5)  連邦軍第七艦隊のフレージャー提督の元に、スティールの敵艦隊殲滅の報が伝えられた。 「スティール・メイスン中佐より報告です。補給基地を失いはしたものの、惑星住民全員 を収容し本国へ移送中とのことです。なお、敵第五艦隊をバリンジャー星とともにその大 半を葬りさったもよう」 「どういうことだ?」  フレージャーが報告だけでは納得できなかったらしく聞き返していた。 「バリンジャー星を自爆させたのです。敵が迫ってくる時間を計って、惑星を破壊してそ の爆発エネルギーで敵艦隊を壊滅させたのです」 「なるほど……。しかし作戦とはいえ、補給基地ごと敵艦隊を葬り去るとはな。まあ、補 給基地はまた作ればいいが、また一悶着ありそうだな」 「そうですね。例え惑星住民の収容を成功させたとしても、補給基地を自ら破壊したとな れば、責任を負わされるのは必至ですね」 「まあ、惑星住民の収容撤退という命令自体はちゃんと成功させたには違いないがな」 「それはそれで、言いがかりをつけてくる要因としてはあり得ますが……。世の中、すべ て自分の味方だけではありませんから。特にマック・カーサーなどが飛びついてきますよ。 きっと……」 「そうだな……」  トランター本星。  広々とした敷地内に悠然とそびえたつビルが、全軍二十七艦隊を指揮統括する共和国同 盟軍中央統制本部である。その中心となる最高官長が統制本部長であり、ラリー・オブス マン大将その人である。 「本部長殿。第五艦隊が音信途絶しました。連絡がとれません」 「何だと!」 「第五艦隊の向かったバリンジャー星域に異常重力波を探知」 「異常重力波?」 「この特有の波長は星が崩壊した時のそれと非常に近似しております」 「つまりは、バリンジャー星が爆発でもしたというのか」 「おそらくは敵艦隊が撤退の際に自爆させたものと思われます。その爆発に巻き込まれた のでしょう」 「残存艦隊はいないのか。連絡は?」 「かの星域には惑星が爆発した残存エネルギーによる電磁界フィールドが発生していて通 信は不可能です。残存艦隊がいるかは現在のところ不明」 「惑星爆発に飲み込まれたとしたら、ほとんど壊滅状態に陥っているのは免れませんでし ょう。救援を向かわせましょう」 「そうだな。一番近いのはどこの艦隊だ」 「第十一艦隊ですね。ジミー・クラウベル大佐の第八部隊がもっとも近いところにいま す」 「急行させろ」 「はっ」  ラリー・オブスマン大将。  共和国同盟軍においては最高官位にして、唯一大将の官職にある人物だった。  功績点による昇進と、将軍クラスの定員制度によって、後にも先にも大将は彼一人であ る。  そして現在年齢は六十四歳であり、三ヵ月後には定年を向かえ退役することが決定して いる。  しかし後任はいない。  大将に昇進する功績点を挙げている中将がいないからであった。  次席官位は、絶対防衛艦隊司令長官にあるニールセン中将だが、オブスマン大将が退役 しても自動的に昇進することはできなかった。共和国同盟軍の軍規には功績点をもって昇 進の指針とすると明記されており、ニールセンは大将への昇進点に達していないからだっ た。  オブスマンが退役すれば、当分の間大将は空位となり、次席官位のニールセンが実質的 な指導的立場に立つ事になる。  何故このようなことになっているかといえば、共和国同盟の財政困窮にあった。長引く 戦乱で相次いで戦艦を失い、それを補うべく増産され続けてきた。戦争が続く限り戦艦の 増産は続けなければならないから、将兵達の給与が抑えられた。敵艦隊と戦うために艦隊 を指揮する艦隊司令官を含めて、統帥本部に陣取っている総参謀長や作戦部長など、すべ ての将軍職の定数が決められたのだ。大将一人、中将三人、少将九人、准将二十七人。計 四十名の将軍という、これがすべてであった。しかもそれぞれの官位には功績点による昇 進点が設定されて、上位が空席となっても昇進点に達していない限り昇進はあり得ないと 決められたのである。  給与は官位によって決定される。つまり、これならば各位の将軍に支給される恩給の総 額は常に一定額以下となって決して予算を超えることはない。  この考えは、戦術士官のクラスにも持ち込まれ、例えば戦術士官の少尉ならば、戦闘の ない平時には一般士官の少尉と同給料であり、戦術士官としての給与は功績点によって上 積みされるという仕組みであった。これならば戦闘がなければ一般士官も戦術士官もまっ たく同じである。戦闘指揮を行わない者に余分な給料を支払わなくても済むというわけで ある。高給が欲しければ戦闘で功績を上げなさいというわけである。  統帥本部のそここで会話が交わされていた。 「聞いたか。第五艦隊が壊滅したそうだ」 「ああ、なんでもバリンジャー星の攻略に向かっていたそうだがな」 「噂ではバリンジャーには公設売春センターがあって七十万人に及ぶ売春婦がいたそうだ ぜ」 「女を襲おうとして、いきなり金的蹴りくらわされて逃げられたってところだな」 「股間を膨らませて冷静な判断力を失っていたんじゃないか」 「いえてるぜ。明日の新聞の見出しが決まったな」 「勃起艦隊壊滅す! だな」 「まったくだ」 「ははは……」  今回の作戦により、第五艦隊は「勃起艦隊」「股間を膨らました艦隊」という汚名を頂 く結果となった。  その頃、輸送船団に追いつき護衛として本星に向かうシルバーウィンド。  その司令官室にて、備え付けのシャワーを浴びているスティールがいた。  シャワーの音に紛れて室内の方から、発信音が聞こえてくる。 「ん? なんだ、今頃」  コックを捻って温水を止めて、壁際に掛けてあったタオルを手に取り、シャワー室を出 て行くスティール。  室内にあるヴィジフォンが入電の信号を発していた。  一枚のタオルを腰に巻き、もう一つのタオルで髪の毛の水分を拭いながら、ヴィジフォ ンのスイッチをいれる。  画面に現れたのは馴染みの相手だった。 「こんな時間に何の用だ」 「その言い方はないだろう。せっかく貴様が依頼していたことを調べてやったのによ」 「判ったのか?」 「ああ……ばっちりだ」 「早速、聞かせてくれ」 「いいだろう。奴の名前は、アレックス・ランドール少尉だ」 「聞かない名前だな」 「当たり前だ。今年士官学校を卒業したばかりだからな」 「士官学校出たてなのか?」 「卒業時の成績も中の下、やっとこ卒業できたというほとんど落ちこぼれ寸前だったらし い」 「それがなぜ少尉なのだ。士官学校出たては准慰から、一年間は先輩士官の下で研修のは ずだが……」 「それが、卒業前の模擬戦闘で指揮官に任じられて、士官学校髄一と謳われた優秀な名士 を、奇策的な作戦で完膚なきまでに撃退して、特別昇進しての卒業だったらしい」 「ほう……。奇策的な作戦とは?」  ディスプレイの人物が、模擬戦闘におけるアレックスの執った作戦を説明しはじめた。  その内容にいちいち頷くようして聞き入るスティール。  それらをすべて聞き取ってから、 「なるほど、何となく奴の性格が判ったような気がする」  と感心した表情を見せていた。 「アレックス・ランドールか……」 「貴様の好敵手になることは間違いないと俺は踏んでいるぜ」 「そうかも知れないな。引き続き情報を集めてくれ。当然、礼は弾む」 「よろしく頼むぜ」 「それから……」  と言葉を濁すスティール。 「なんだ?」 「何度も言っているが、軍のコンピューターに不正アクセスするのはやめろ」 「なんだよ。せっかく情報を与えてやったのに」 「情報が欲しいときは、こちらから連絡すると言っているだろう。万が一……」 「待ちな! 俺がシステム管理官に見つかるわけがないだろう。足跡すら一切残さずに消 えてやるぜ。貴様に迷惑をかけることはしない」 「しかし……」 「とにかく任せておけ。貴様は黙って俺の報告を待っていればいいのさ。それじゃな」  回線が途絶えた。  いつもながら突然、現れては精神をかき乱して去っていく。  そんな相手だった。 「ジュビロ・カービン、いつもながら大した男だな……」  とため息をつくスティールだった。  ジュビロ・カービン。  それはネット界を震撼するハッカーの天才。  ネットに接続されているコンピューターなら必ず侵入してみせると豪語する「ネット界、 闇の帝王」と呼ばれる男だった。  スティールと同様に、銀河帝国からの流れ者であった。  ジュビロとの付き合いは、スティールが五歳の時に、母に連れられて帝国から脱出する 難民船においてからのものだった。  スティールは連邦軍の軍人となり、ジュビロも一時は軍人であったが脱走して共和国同 盟に逃亡し、裏の世界に入った。  かれこれ二十年以上も前の話である。 「ジュビロか……」  ふと呟いて、ジュビロと出会ったあの日の事に思いを巡らすスティールだった。 了
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