エピソード集 ミッドウェイ撤退(4)  スティールの第一分隊とカウパーの第二分隊は交互に前進と後退を繰り返しながら敵艦 隊に攻撃を与えていたが、数で優る第五艦隊はスティールの分隊に対して半包囲陣を敷い て、逃げる道を封鎖する作戦に出てこれを確実に消滅せんとしていた。  しかしスティール率いる第一分隊は、じりじりと後退を続けながらも的確な攻撃を与え、 第五艦隊の付け入る隙を与えなかった。とはいえ艦船の絶対数でははるかに少ない部隊の 存亡は時間の問題である。 「いいか。敵艦隊との相対位置を詰められるな。敵を倒すのではなく、一秒でも長く戦闘 時間を長引かせることが目的なのだ」 「はっ」 「バリンジャー星にいる女性達。諸君らや連邦の子供達を宿し産み育てる彼女達を守るの が、我が部隊の責務である。たとえここで我が部隊が全滅しても、彼女達が生き残る限り は連邦は安泰である」  全滅という言葉を聞いても将兵達に動揺はなかった。日頃からの教育により、女性を守 ることこそ、軍の使命であり命をも投げうることをも厭わない。  そう教育されてきているのである 「カウパーもなかなか奮闘しているようだな」 「中佐。バリンジャー星より連絡。住民の収容が完了したとのことです」 「何とか間に合いましたね」 「まだ安心するのは早い。輸送船団が安全圏まで逃げ延びるまではな」 「輸送船は足が遅いですからね」  さらに一時間が過ぎ去った。  スティール艦隊は半数にまで減ってはいたが、戦っている将兵たちの士気は落ちてはい なかった。  彼らの守るべきものである、バリンジャー星にあった女性たちを命を捨てても守り抜く。  それが彼らが教育されてきた精神である。  そして何よりも、指揮官であるスティールに信奉を寄せていたからでもあった。  スティールが前に進む限り、将兵達も前に進み続ける意欲を有していた。 「よし、頃合だろう。後退だ。全部隊に連絡。後退しつつ攻撃を近接戦闘から中距離攻撃 に転換。バリンジャー星へ一時撤退する」 「了解。バリンジャー星に撤退します」  スティール率いる第一分隊とカウパー率いる第二分隊とが呼応して撤退をはじめ、バリ ンジャー星にて合流した。 「カウパー、よく頑張ってくれた」  シルバーウィンドの艦橋で再会したカウパーに握手を求めるスティール。 「たいしたことはしていませんよ。後方から援護射撃をしていただけですから。それより もこれからどうなさるおつもりですか?」 「ああ、このまま素直には撤退などさせてはくれないだろうからな。バリンジャー星を破 壊して、奴らを爆発の衝撃に巻き込んで全滅させる」 「バリンジャー星を自爆させるのですか?」 「他には手はないからな」 「判りました。住民さえ撤収していれば、惑星を破壊しても構わないでしょう」  理解のあるカウパーだった。  カウパー・チャコール少佐。  スティールとは士官学校時代からの腐れ縁であった。  スティールがその戦闘指揮能力を賞賛し、自分の配下の艦隊を等分して指揮を任せるほ どの信頼関係にあった。 「敵艦隊との相対距離2.5光秒に接近しました」 「これ以上の後退は……」 「わかっている。起爆装置のセーフティー解除スイッチを入れろ」 「入れました」 「よし。自爆連番コードを入力する」  スティールは、起爆装置の入力装置に向かって、自分だけしか知らない自爆連番コード の最初のコード、起爆プログラムを始動させるコードを入力した。 「自爆コードガ発令サレマシタ。続くコードヲ入力シテクダサイ」  コンピューターが次の命令コードの入力を促した。 「カウパー、頼む」 「判りました」  艦や基地などを自爆させるような発令には、必ず数人の士官がそれぞれ持っている自爆 連番コードを入力する必要があった。たった一人の暴発による自爆を防止するためである。  カウパーがコンピューターに向かって、自分に与えられた自爆連番コードを入力する。 「カウパー・チャコール少佐ノ自爆連番コードヲ確認。次ギの入力ヲドウゾ」  続いてコンピューターに向かったのはスティールの副官だった。  それが入力を終えてコンピューターが次の指令を求めてくる。 「最終自爆連番コードヲ入力シテクダサイ」  再びスティールがコンピューターに向かう。  神妙な面持ちでカウパーと副官が、その操作を眺めている。  惑星を自爆させるのだ、誰しも平然ではいられないだろう。  へたをすれば自分達でさえ巻き添えを食う可能性も残されているのだ。 「最終自爆連番コードヲ確認シマシタ。総員、五分以内ニ退去願イマス」  音声と同時に、ディスプレイにカウントダウンを始めた数値が表示された。  振り返ってカウパーと副官に話しかけるスティール。 「たったいま惑星の自爆装置を起動した。丁度五分後に爆発する。全艦、全速力で衛星の 背後に回り込め」 「了解!」  再び同盟軍エルゴウス艦橋。  スクリーンに撤退を開始したスティールの艦隊が映し出されている。 「どうしたのだ。惑星を素通りしていくぞ」 「惑星を放棄するのでしょうか」 「解せんな。何か企みでもあるのか」 「だとしてもたいしたことはできないでしょう。追撃なさりますか?」 「そうだな、多少なりとも功績を増やした方がいいだろう。バライト中佐の部隊は、惑星 を占領、直ちに降下作戦に当たれ。残りは敵艦隊を追撃する」 「はっ。降下作戦に移ります」 「バライト中佐。自分達の女をちゃんと残しておいてくださいよ」 「何をいっとるのか」 「チェスター大佐にはどうなされますか?」 「チェスターか……後方で補給路の確保でもやらせておけ」 「相変わらず閑職ですな」 「どうせもうじきに退役だ。今更武勲もないだろう」 「そうですね」 「ようし。敵艦隊を追うぞ」  降下作戦に入った一部の艦隊及び後方作戦を命じられたチェスターを除いて、第五艦隊 の本隊がゆっくりと惑星を後にして、衛星の影に隠れた部隊の追撃をはじめた。  その瞬間、バリンジャー星がまばゆく輝いた。 「なんだ!」  スティールが仕掛けたバリンジャー星の自爆は凄まじいものだった。  惑星の地中深くに埋められていた惑星破壊用の反陽子爆弾が炸裂し、バリンジャー星を 木っ端微塵に破壊し、粉々になった惑星の残骸が、第五艦隊を背後から襲った。  無防備をさらした艦隊は無残であった。  戦艦装備のミサイルとは比較にならぬ巨大な岩塊が相手では待避もままならず、次々と 接触し押し潰され大破・撃沈していく。  数時間後。跡形もなく消え去った惑星のあったあたりに、かろうじて難を逃れた第五艦 隊の残存艦隊が満身創痍となって漂流していた。  くしくも無傷で生き残っていたのは、後方に取り残されていたチェスター配下の部隊だ けであった。  惑星の残骸が飛来してはくるものの、バリンジャー星からの距離が十分に離れており、 退避行動やビーム砲射撃で残骸を避け切ることが可能だった。 「何があったのだ?」  突然の出来事に言葉を失うチェスターだった。  副官のリップル・ワイズマー大尉がそれに答える。 「どうやら敵はバリンジャー星を自爆させて、我が艦隊に大打撃を与えた模様です。破壊 された惑星の残骸が……」 「何という事だ……。自国の惑星を自爆させるとは、勝つためには手段を選ばないという ことか」 「敵艦隊は、バリンジャーの衛星の影に隠れて避難したようです」 「すべて計算ずくというわけか……」 「いかがなされますか?」 「無論、味方艦隊の生き残りを捜索救助する。全速前進だ」 「了解」  オペレーターが報告する。 「ご覧ください。衛星が漂流をはじめました」 「重力で引き合っていた片方がなくなったからな。重力のバランスを失って、恒星の重力 に引かれはじめたのだ」  惑星が破壊されても、残骸がそのまま留まっていれば、恒星に対する角運動量は保存さ れる。いずれ飛び散った残骸は再び収束を始めて衛星に集まり、新たなる惑星が誕生する はずである。がしかし、反陽子核弾頭の威力は、惑星系の重力圏を超えてほとんどの惑星 の残骸を飛び散らせてしまった。角運動量を失った衛星は、より角運動量の小さな内心軌 道へと移行をはじめたのである。  一方衛星の裏側に待避していたスティールの艦隊。 「爆発、おさまりました。衛星が漂流をはじめています」 「うむ……」 「もはや敵は、艦隊と呼べる状態ではありません。今なら反撃して全滅させることも可能 でしょう」 「その必要はない。戦意を失ったものなど放っておけ。先に出発した輸送艦隊を追うのだ。 我々の任務は輸送艦隊の護衛なのだからな」 「了解しました。輸送艦隊を追います」  こうして追撃する第五艦隊を、バリンジャー星の自爆という作戦をもって葬り去ったス ティール艦隊は、漂流をはじめた衛星軌道から静かに離れ、先行する輸送艦隊の後を追っ たのである。
   
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